1本100円のミネラルウォーターが定着した理由

1980年代までは、ミネラルウォーターは普及せず、水道水を飲むのが常識だった。当時、東京の水道水はまずかった。1984年の利き水大会では、東京の水は全国12カ所で最下位。私は田舎に行くと、水がとてもおいしくて感激したものだ。

さらにこの頃、採水地付近の工場排水の問題がメディアで大きく報道され、人々は「水道水には発がん性物質のトリハロメタンが含まれて危険だ」と考えるようになった。そんななか、1990年代に「安全でおいしい水」としてミネラルウォーターが登場。普及するようになった。

そして私たちは、「ペットボトルのミネラルウォーターは、おいしくて安全」「タダ同然の水道水は、まずいし危険」と考えるようになり、1本100円のミネラルウォーターが、私たちの生活にすっかり定着したのである。

100円のミネラルウォーターは「おいしくて安全」と定着した(写真=『なんでその価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」』)

一方で、「まずくて危険」といわれた全国各地にある水道局も努力をしてきた。たとえば東京都水道局は、高度浄水設備を整備して品質向上に努めた。そして水道水は目隠しテストでもミネラルウォーターと変わらないと評価されるようになった。しかし、いったん広がった「水道水はまずいし危険」というイメージはなかなか変わらない。若い人たちの中には、水道水を飲んだことがないという「飲まず嫌い」の人もいる。

ボトルに詰めたら水道水が売れた

水道局にとって大ピンチ。水道局はさすがである。これをチャンスに変えたのだ。なんと水道水をペットボトルに詰めて「水道水ボトルウォーター」として売り出した。

「東京水」(東京都水道局) 500ml 103円(税込み)
「はまっ子どうし The Water」(横浜市水道局)500ml 110円
「さいたまの水」(さいたま市水道局) 475ml 110円

飲んだことがある人もいるだろう。実はこれらは、水道水ボトルウォーターだ。「ペットボトルに詰めると、水は高く売れる」とわかった水道局は、それをしたたかに利用したのだ。おかげで水道局は水道水を1000倍高い価格で売れるようになった。

このように、お客さんはアンカリングを基準にして、商品の品質と価格を判断する。価格戦略を考えるには、人の心理まで考える必要があるということだ。このときに行動経済学は役立つ。

アンカリングをうまく生かせば、高く売れるようになるのである。

永井孝尚(ながい・たかひさ)
マーケティング戦略コンサルタント
1984年慶應義塾大学工学部(現・理工学部)卒業、日本IBM入社。マーケティング戦略のプロとして事業戦略策定と実施を担当。さらに人材育成責任者として人材育成戦略策定と実施を担当。2013年に日本IBMを退社。ウォンツアンドバリュー株式会社を設立して代表に就任。執筆の傍ら、幅広い企業や団体を対象に新規事業開発支援を行う一方、講演や研修を通じてマーケティング戦略の面白さを伝え続けている。主な著書にシリーズ60万部の『100円のコーラを1000円で売る方法』(KADOKAWA)、10万部の『これ、いったいどうやったら売れるんですか?』(SB新書)などがある。永井孝尚オフィシャルサイトhttps://takahisanagai.com
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