ボールの回転数や回転軸の角度などが数値化される

この装置では球速はもちろん、回転数や回転軸の角度、どれくらいシュートして、どれくらいホップしているかなどの変化量や軌道などを計測し、数値化できる。慶大野球部3年で投手陣のサポートスタッフ・岡野新二君はこう語る。

「ジャイロ回転(ボールの進行方向と回転軸が一致)が大きいなとか、揚力が少ないとか、あらゆる球質が一目で把握できます。ブルペン(投球練習場)の捕手の後方でタブレット端末を持っているスタッフがいて、一球ごとに読み上げ、選手に数字を意識させることが可能です。毎日計ることで数値の変化が見えるので、日々の調子の良し悪しも把握できるようになりました」

つまり投げるボールの質が丸裸になる。選手は数字という「物的証拠」をつきつけられるわけだ。

「どんな球質が打たれやすく、どんな球質なら打たれないか。それが測定機器で解明できるのです。だから学生に助言や指導をしやすくなりました。例えば、『半年前と比べて数値に変化が出ない、良い兆しが見えてこないのは何か問題あるよな』と。主観や感覚を伝えて選手が理解しないなら、数字で指摘する。甲子園で活躍した実績本位制度だと名前のある選手しか試合で使えない。けれど甲子園に出ているからすごいじゃなくて、具体的な数字。この“球質本位制度”こそ投手力向上の鍵だと確信しました」(林氏)

こうした“見える化”によって、林氏は選手がパフォーマンスを発揮できる指導体制を確立していったのだ。

選手は可視化された「ボールのカルテ」で自らを“治療”

一方、選手たちも林氏が導入した秘密兵器に手ごたえを感じるようになった。甲子園に縁のなかった付属高校の出身ながら、現在はチームの主力投手として活躍中の4年生・菊池恭史郎選手はこう話す。

「毎日、測ることでいろいろつかめるようになったんです。大学の投手の平均回転数は約2000/秒で、多い人は2300~2400。回転数が高く、回転軸がキレイなバックスピンに近い投手は(打者がボールの下端を打ってしまうため)フライで打ち取ることが多い。一方、僕は回転数が1800~1900で平均より少なく、キレイな回転をしていない。フライで打ち取れるタイプの投手じゃないと気づきました。また、得意のフォークはシュート回転しながら落ちることがわかりました。その特長を生かして、ゴロを打たせて(打者がボールの上端を打つことで)アウトにするスタイルを磨こうと方針を決めることができました」

最新の測定機器により投手陣の球速が日に日に増していった(写真=清水岳志)

速すぎてよく見えないものが見える時代になった。可視化されたものはPCやスマホを小さい頃から操るデジタル世代の若者を動かしやすい。菊池選手は自分の「ボールのカルテ」を確認し、どこをどう処方すれば、ヒットを打たれないようになるかわかったのだ。球速も高校時代は最高時速135kmだったが、今春は時速149km。投手としてのレベルも格段に上がった。

計測したデータはすべて記録され、週や月の単位でわかるように管理されている。そうした体制が整い、各選手の意識改革はどんどん進み、コーチや監督などの指示がなくても自ら試行錯誤するようになった。前出・菊池選手もチーム練習とは別に自主的にジムに通い、こうしたら球速が上がるのではないかと仮説を立て、トレーニングを重ねた。

「チームには時速150kmを超える投手も出てきました。今は時速145kmを投げないとベンチ入りは難しい布陣です。投手陣全員でいい競争ができている。高校野球では無名の投手が高校時代に全国区で名をとどろかせた他大学の投手と肩を並べるレベルになっている。そんな実感があります」(菊池選手)

各選手の気持ちの変化が、チーム全体の相乗効果にもつながった。林氏が持ち込んだ1台のハイテク機器が若者の気持ちに革命をもたらしたのだ。