部長たちにも、教えた。15人もいれば、1人1人に教えるべきことは同じではないから、会議で各自の考えを発表させ、指導のポイントをつかむ。予算などあってなきような状態で、未達成でも気にしない雰囲気だったので、上からしっかり管理させなければいけないと、部長教育は毎朝やった。

加えて、抜本的に変えさせたのが、出社時間だ。午前9時半が始業なのに、ルーズな部員が多く、10時半まで揃わない。「お客さんが8時半や9時には会社に出ているのに、こちらがきていないのはおかしい。3回遅刻をしたらクビだ」と叱った。でも、「朝は9時半までにくる」というだけでも、徹底には時間がかかる。しばらく様子をみた後、9時半になったら部屋の鍵をかけ、遅刻者は入れないことにした。このひと押しで、さすがに職場は一変する。

2年間は、こうした1人1人への教育と意識改革で、過ぎた。3年目、ついに業績が上向く。一連の渡辺流が、ぬるま湯に浸っていた組織を活性化させた。部下たちは、強き集団に変身していく。

「汎汎楊舟、載沈載浮」(汎汎たる楊舟、沈むを載せ浮かぶを載す)──柳の木でつくった丈夫な舟は、重い荷物でも軽い荷物でもやすやすと載せていくとの意味で、中国最古の詩篇『詩経』にある言葉だ。立派な教育者は、よい学生でもそうでない学生でも、それぞれに教育していくことの喩えで、商環境事業部でみせた渡辺流は、この喩えに通じる。

「危機感」をどう共有させるか

もう1つ、商環境の業績を回復させたのが、輸入ブランド品向けの受注だ。事業部長に着任して挨拶回りをするなかで、米国の高級衣料品ブランドの日本法人社長と知り合った。乃村も何件か仕事を任されたことはあるが、誰も特段の付き合いはない。でも、前号で触れた「様々な情報に触れたい」との意欲が、その社長との縁を大切にさせ、機会をみつけては話し込む。四十代が終わるとき、それが、思わぬ果実をもたらした。

相手は97年に高級ブランド「グッチ」の日本法人社長へ転じ、東京・渋谷の百貨店で展開する「グッチ・レディース・ショップ」の改装を打診された。高品質で工期は短く低コストで、との要請だ。「全力で応えよう」と、ポルトガルで大理石の原石を山ごと買い付けるなど、様々に工夫を凝らす。高い評価を受け、グッチの指定業者にもなれた。輸入ブランド向け取引は利益率が高く、ほかにも広げ、収益の回復を支えた。