「復讐するには自殺するしかない」という心理
逆の方向転換も起こりうる。友人のいじめや教師の理不尽な仕打ち、ときには親の価値観の押しつけによる呪縛などに対して強い怒りを感じているが、それを出せない。あるいは、怒りをちゃんと表現して抵抗するには自分は無力だと感じ、絶望感を抱いている。そういう場合、怒りと攻撃衝動が反転して自分自身に向けられ、自殺願望を抱くようになる。
「怒りとは、不正に対して復讐することへの欲望」と言ったのは古代ローマの哲学者、セネカだが、たしかに怒りからは復讐願望が生まれやすい。そのうえ前出の(5)心理的視野狭窄に陥ると、「復讐するには自殺するしかない」と思い詰める。いじめを苦にして自殺した子どもの遺書に、いじめの加害者の名前が書かれていることがあるが、そうするしか復讐の方法はないと思い詰めた末の決断ではないだろうか。
いじめられっ子の心の中を読み解く
夏休みの終わりに死にたいと思い詰めるいじめられっ子は、どのような心理状態に陥るのだろうか。
夏休み前にいじめられていた子どもは、夏休みの間はいじめから解放されてほっとしていたのに、またあんなつらい目に遭うのかと思うと、不安で夜も眠れなくなる。1学期は「もう少ししたら夏休みだから」と自分に言い聞かせながら何とか耐えていたものの、2学期になってまた同じような目に遭ったら到底耐えられないのではないかと恐怖におののく。
このような不安や恐怖を親に話してくれれば対処のしようもあるのだが、いじめられている子どもは、いじめの事実をなかなか話さない。とくに親には話さないことが多い。
これは、次の5つの理由によると考えられる。
(1)親に心配をかけたくない
この気持ちは、親の期待に応えようとする“いい子”ほど強い。
(2)いじめられていることを親に知られるのは恥ずかしい
これは、男の子のほうが多い。とくに親が「男の子は強くなければならない」という価値観の持ち主で、「いじめられたら、いじめ返してこい」と叱咤激励するような場合は、恥ずかしいという思いが強くなるようだ。
(3)たとえ話しても問題は解決しないというあきらめ
こうしたあきらめは、教師が何もしてくれなかったとか、教師がいじめっ子に注意してもあまり効果がなかったという経験にもとづいていることが多い。
(4)いじめっ子からの復讐への恐怖
実際、「ちくったら、ただじゃすまないぞ」と復讐をほのめかして脅すいじめっ子もいるので、いじめられっ子は「蛇に睨まれた蛙」のようになってしまう。
(5)告げ口をした密告者とみなされ集団から切り捨てられることへの恐怖
たとえいじめられていても、それまでは一応集団の中に入れてもらっていたのに、告げ口をしたことで仲間はずれにされ孤立するのではないかという恐怖も強いようだ。