北朝鮮の戦後統治については、イラク戦争の教訓もありますから、さすがに当初は米軍も力を入れるでしょう。ただ、犠牲と負担が長引くにしたがって韓国への引き渡しを急ぐはずです。お前たち、同一民族なのだから、後は勝手にしろという雰囲気になるに違いありません。
血みどろの戦争を戦った後の朝鮮半島は、南北ともに徹底した反米国家となっているでしょう。北朝鮮の脅威を取り除いた米国は、引き続き朝鮮半島に駐留するのか、少なくとも日本まで引いてくるのかは微妙です。そもそも、戦後統治において中国が大きな役割を果たすはずです。そうすると、朝鮮戦争を戦った主体は米国であるにも関わらず、早晩、朝鮮半島全体が中国の影響下に入ることになるわけです。日米から見た際の、東アジアの分断線は38度線ではなく、対馬海峡まで南下したものとなるわけです。
本節の冒頭で申し上げた(1)と(2)は実現しても、(3)の朝鮮半島に友好的な国家を出現させるという目標は遠くなるばかりなのではないでしょうか。戦争は、東アジアの平和と戦略バランスをかえって遠ざける結果となりかねないのです。
「封じ込め」の時代を生きる
このような厳しい現実を申し上げると、それではどうすればいいのかという話になります。我々はどうしても耳あたりのよい「解決策」を望むようにできてしまっています。ここまでお付き合いいただいた方々には明らかであると思いますが、巷で期待されているような「解決策」はありません。
まず、北朝鮮は事実上の核保有国です。「事実上」と枕詞をつけるのは、核を持っているかどうかわからないという意味ではなく、核不拡散条約等の国際条約によって法的に認められたものではないけれど、実態としては明らかに持っている、ということです。そして、北朝鮮が核弾頭をICBMに搭載し、大気圏への再突入を制御できるかどうかははっきりしませんが、中距離ミサイルに搭載して日韓の主要都市を攻撃する能力は、既に有しています。さらに言えば、彼らが繰り返す核実験やミサイル発射は、一部の専門家が言っていた、「米国を交渉の席に着かせるため」にやっているのではなく、核武装するまで止めないという堅い意思をもってやっているということです。
「北朝鮮の核は認められない」、「北朝鮮に政策を変えさせなければならない」と日米の政策責任者は言うけれど、戦争以外の手段をもってこれを実現することは既に手遅れなのです。日米にとっての抑止の対象は、北朝鮮の核武装を止めることではなく、北朝鮮の核使用を止めることに移っています。独裁者が核兵器のボタンを握っているような世界で生きていけるのかと問われたとすれば、それは大変つらいことではあるけれど、私は、「かつて、我々はそういう時代を生きたよね」と答えるしかないと思っています。それが、いわゆる「封じ込め」の時代、冷戦を生きるということなのです。
封じ込めの時代とは、公式には、北朝鮮の核を認めないけれど、実態としてはそこに核が存在することを前提に、安保政策や経済政策を練り上げるということです。当然、経済制裁は持続します。軍事的プレッシャーも持続します。北朝鮮をめぐる緊張の裏には、21世紀の二大国である米中の鞘当てが存在します。地域全体を疑心暗鬼が覆います。国際的な緊張感は、米国内にも日本国内にも波及し、国内政治上の対立に転化します。我々は、この先数十年にわたってこのような緊張状態の中で生きていかねばならないのです。
前提なき国交正常化交渉
「封じ込め」の時代に適応するため、一定の覚悟に加えて、具体的な政策についても対応していくべきです。最大の変化は、過去15年以上採用してきた「対話と圧力」路線と決別することです。「対話と圧力」路線が、効果を上げられなかったにもかかわらず、15年間にわたって唱えられてきた空疎さの裏には、実際にはこれが現状維持の政策に過ぎないという本質があります。6者協議が崩壊して北朝鮮が大手を振って核兵器開発に邁進するようになって以後は、特にこの傾向が強くなってしまいました。
「対話と圧力」政策の現実についてですが、まず対話の方は、その語感とは裏腹に、「核放棄や拉致問題の包括的調査などの前提をおかない対話は行わない」ことを意味しています。外交をゲーム的に理解する世界観からすると、入口でこうした高いハードルを課すことをやめて譲歩することを、一種の敗北と見る見方もあります。けれど、それでは却って本質を見誤るのではないでしょうか。米ソの冷戦が激しかった時代にも、米ソは外交関係を維持し、一定の対話のチャネルを維持していました。国交を結び、一定のルールの下で外交関係を結ぶことは、その国の政策を認めることと同義ではありません。そもそも、「敵対国」であるからこそ対話のチャネルを開いておくことが重要なのです。
もちろん、外交は相手のあることですから北朝鮮が国交正常化交渉に乗ってくるかどうかはわかりません。北朝鮮側に国交正常化の前提として、一定の「戦後賠償」的な意味合いを含んだ経済協力への期待値があるとすれば、もちろん、現状でそんなことは問題外です。核・ミサイル・拉致の問題が包括的に解決されなければ日本からは一銭も引き出せないことは明確にすればよいのです。