記憶に使う脳の「空間」と「ナビゲーション」

記憶大会の出場者に認知テストを施しても、脳そのものは普通の人とそれほど違いはないという。ただし、記憶大会の優勝者は、“脳の使う部分が大きく違う”そうだ。

MRIで頭の中をスキャンしながら、数字や人の顔などランダムに記憶してもらうと、使っているのは“空間記憶とナビゲーションに関わる部分”。記憶力に優れた人たちは、たとえ数字の羅列であっても、それをイメージと結びつけている。しかも多くの場合、そのイメージは「3Dの絵」なのだそうだ。

例えば実験で、Bakerさん(ベイカー=パン屋)という人を覚えてもらうとしよう。そのとき、(1)「名前を覚えてください」 (2)「パン屋にいる姿を思い浮かべて覚えてください」とすると、(1)の人たちのほうがあきらかに名前を思い出しにくかった。ただ名前を暗記するのではなく、パン屋の映像を思い浮かべた上でベイカーという名を記憶することで、その記憶はより鮮明なものになるのだ。

ただくり返して暗記しようとしても、時間がかかってしまうだけだ。こうして視覚的・空間的な情報に置換する「空間法」や、頭文字をきっかけにする「頭字法」、イメージを置き換える「置換法」などを使いながら覚えることで、より短時間で鮮明に記憶できるようになる。

それでは、具体的なイメージへの置き換え方を見てみよう。

記憶の基本は「脳を楽しませること」

世界記憶選手権にも出場するイドラ・ズガイ氏は、自分の記憶法を次のように解説していた。まずは、記憶したいものを“楽しい色鮮やかな3Dアニメーション”にするのだ。

まったく意味も関係のないもの……例えば「象、1トンのおもり、キリン、スキーヤー、ヘビ、太陽」を覚えるとしよう。

このように覚えるものを結びつけながら、3Dイメージを思い浮かべることで、それぞれ関係のないものがつながっていく。なぜこれで覚えられるのかは、後ほど種明かしをするので、まずはこれを覚えてみてほしい。

脳は自分にとって役立つ情報なら、スラスラと記憶してくれる。半面、特に役立つとも思えないものは、なかなか覚えてくれないし、興味がなければソッポを向く。「ああ、楽しくない」と思った時にはなおさらだ。だから学生時代に「これは重要だから覚えろ!」と脳に命令したところで、ちっとも覚えられなかったのだ。

一方、友達と遊びに行く予定や楽しかったことなら詳細まで記憶に残る。記憶の達人たちはこれを利用し、「脳を楽しませた上で」「大切だから記憶しておくように」と脳に指令をくだす。脳は、楽しいことなら、喜んで記憶しようとしてくれるからだ。

もう一つ、「場所」を記憶に役立てる記憶法がある。動物にとって、場所を覚えることは、身を守るために死活問題だ。動物の空間認知機能を生かして、例えば家の中を歩きながら「玄関には重い物を持った象」「キッチンではキリンが滑り台になって……」といったように記憶したいものを配置するのだ。奇妙な光景やイメージを作れば作るほど、記憶を鮮明なものにできるという。

この「場所法」は、ギリシアの詩人シモニデスが始まりだとされる。シモニデスが聴衆の前で詩を朗読し終えて外に出た間に建物の天井が崩落し、中にいた全員ががれきの下敷きになってしまった。ところが、「誰がどこに座っていたか」を記憶していたシモニデスのおかげで、席順から遺体を判別できたそうだ。ここから、「鮮明に記憶に残るのは、場所や順番と、覚えるべきことが関連付けられたときだ」として、シモニデスは場所記憶法を思いついたとされている――。

では、先ほどの記憶法に戻ってみよう。