料理のセンスがある人、ない人

もう少し具体的な話をしましょう。カレーを作っているときに鍋の中で行われていることは、素材の加熱調理です。カレーは、様々な素材やスパイスを順に加熱して混ぜ合わせていくことで完成します。おいしく作るための最大のコツは、加熱をコントロールすることなんです。そこでポイントとなるのは、「火加減、油加減、塩加減、水加減、手加減」の5つです。

たとえば、玉ねぎを炒めるとき、まずは火がないと何もできません。強火でスタートして、玉ねぎの表面を焼き付けるように炒め、徐々に火を弱めていく。頼りになるのが油と塩です。油が玉ねぎの表面をコーティングし、加熱が促進される。塩をふると浸透圧の効果で玉ねぎの水分が抜け、味わいが引き立ちやすい。

水を上手に使えるようになると上級者。加えた水が鍋中の温度を下げ、玉ねぎの表面にこんがりと焼き付いたうま味をこそぎ落してソースに溶け出させてくれる。そして、それらはすべてあなたの手加減次第です。今は手を止めて放置しよう、そろそろ木べらを動かそう、とか。手の動きによって加熱の具合は変わります。おいしいカレーを作るためには、どんな材料を使うか以上に、どう使うかが肝心です。すなわち、加熱のコントロールができるかどうかが仕上がりを左右するんです。これはすべての料理に言えることだと思います。

料理のセンスがある人っていますよね? あの人は初めて挑戦するものでもおいしく作っちゃう、みたいな。でも、研ぎ澄まされた感覚で勝手に手が動いてしまうようなセンスを持った人は、滅多にいません。仕上がりのゴールイメージを明確に持ち、それぞれのプロセスにどんな狙いがあるのかを把握し、それを果たすために加熱のコントロールを上手にやる。これらができる人のことを僕は「料理のセンスがある人」だと思っています。センスは生まれながらに授けられたものだけではありません。意識と実践でいくらでも身につくものですから、自信を持ってカレーを作ってみてください。

レシピ通りの作業はNG

最後に、冒頭の話に戻ります。じゃあ、おいしいカレーを作れるようになるために最も大切なことは、なんなのか?

それは、想像力です。

作り始める前に仕上がりのイメージを具体的に持つこと。味わい、香り、色、とろみ。自分がどこにたどり着こうとしているのかがあれば、途中のプロセスが丁寧になります。仕上がったカレーを食べた時、「イメージ通りできた!」場合は忘れられない体験になるし、「うまくいかなかった……」場合は、「なぜなんだろう」と反省、検討したものが身につきやすいんです。

イメージを持たずにレシピに書かれた通りに作業を進めるのではイマイチ生産性も創造性も生まれません。そんな風に10品のカレーを作った人よりも、イメージを持って手を動かし、2品や3品のカレーを作った人のほうがはるかにスキルは上がります。自分好みのレシピに出会える偶然に期待するのではなく、自分好みのカレーを作れるようになる実力を磨いてください。想像力を持てば創造力がつく。

カレークッキングに想像力が大切だなんて、おかしな話だと思いますか? いいですね、疑問を持つことはいいことです。そんな人はぜひ、『いちばんおいしい家カレーをつくる』を読んでみてください。

カレーをおいしくするための、プロセスの目的をひとつひとつ書き記しました。新しい発見がたくさんあり、多くのことが解決するはずです。

普通の材料で作る、極限の味「ファイナルカレー」(『いちばんおいしい家カレーをつくる』より)
水野仁輔(みずの・じんすけ)
AIR SPICE 代表。1974年、静岡県浜松市生まれ。カレーにまつわるさまざまなことについてのスペシャリスト。1999年に出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。カレーに特化したコンテンツ創造プロジェクト「カレー計画」で、様々なプロジェクトを立ち上げている。これまで出版してきたカレー本は40冊以上。カレー活動が多岐にわたりすぎて、本人としても「聞かれたときに自分でも説明しにくくて、昔から困っています(笑)」とのこと。糸井重里氏から「カレースター」の肩書を授かり、現在、ほぼ日と「カレーの学校」で授業を行っている。2016年の春に、本格カレーが作れるスパイスセットを届けるサービス、「AIR SPICE」をスタートした。
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