金融ビッグバンでもうひとつ大きく変わったことがあります。会計基準です。「会計ビッグバン」ともいわれます。これは、日本の会計基準を、「国際会計基準」に近づけるための制度改革です。その柱となったのが、「連結決算制度の変更」「時価会計」「退職給付債務の開示」「減損会計」などです。

「退職給付債務の開示」を例にとると、それまでは、将来支払わなければならない退職金や企業年金などの開示がなされず、いわば「隠れ負債」となっていいましたが、その開示が必要となったのです。それが開示された2001年前後で、上場企業全体で兆円単位の隠れ負債が表に出て、企業経営に大きなインパクトを与えました。「時価会計」の導入前には、保有する有価証券の含み損がわからない状態でしたが、その開示も始まりました。

こうした会計制度変更前には、世界第2位の経済大国なのに、日本だけは十数年遅れの古い会計基準を使うことが認められていたのです。なぜでしょうか。

それは「冷戦構造」があったからです。日本企業の業績をよく見せることがアメリカの国防上、有効だったからです。目的は共産化を防ぐためです。企業業績が好調であれば、景気が実体よりよく見えますから、国民の不満も高まらない。つまり、共産化が起こりにくいのです。逆に業績が悪いと政情も不安定化しがちになります。その結果、共産勢力が支持を集め、それに乗じたソ連や中国が日本の共産化を推し進めるかもしれない。アメリカはそれを恐れたのです。

ところがソ連が崩壊し、日本が共産化する危険もなくなりました。それで安心したアメリカが日本に、会計基準も世界共通のものを使うように要求したのです。日本が共産主義から資本主義を守る防波堤の役目は終わった。これまでのような「ハンディ」は与えないという政策に変わったのです。さらに、それによって、米国企業の日本進出も促しやすくしようと考えたわけです。

景気が復活すれば、時間軸が巻き戻って、リーマン以前のファンドや外資系企業の日本進出が復活する、という話をしました。では、時間軸を未来に向かってたどると何が見えるでしょうか。確実に言えるのは、今後はデフレが進むということです。ものの値段がどんどん下がるということは、売っても売っても儲からないということです。それで企業はコストをどんどん削減している。その一部は人件費です。「現金給与総額」を見ると、下降傾向が続いています。日本経団連の調べでは、2009年3月卒の新卒者の初任給を前年と比べて据え置いた企業は全体の87%にものぼりました、今後も人件費は抑制される方向にあるのは間違いありません。

一方で、デフレだけ心配していればいいわけではありません。インフレの圧力もあります。日本は天然資源のない国ですから、石油や天然ガスなどの資源を外国から輸入しなければなりません。一方、ロシア、中国、インドといった新興国が、経済発展のためにますます多くの資源を必要とします。天然資源は世界の限られた国にしかありませんから、需要が高まれば値段が跳ね上がります。この資源インフレにより輸入物価が上昇する。そうすると、輸入する原材料の値段が上がって、輸出する工業製品の値段は下がるわけですから、日本にとって最悪の事態となります。

いずれにしても、外資の進出、輸入物価上昇、最終製品のデフレ傾向というリーマン・ショック前の現実が、景気回復後に戻ってくると私は考えています。

※この連載では、プレジデント社の新刊『小宮一慶の「深掘り」政経塾』(12月14日発売)のエッセンスを全8回でお届けします。

連載内容:COP15の背後に渦巻くドロドロの駆け引き/倒産に至る道:JALとダイエーの共通点/最低賃金を上げると百貨店の客が激減する/消費税「一本化」で財政と景気問題は解決する/景気が回復で「大ダメージ」を受ける日本/なぜ医療の「業界内格差」は放置されるのか/タクシー業界に「市場原理」が効かない理由/今もって「移民法」さえない日本の行く末

(撮影=小倉和徳)