「お客さまのお客さま起点」
この4月、独シーメンスとつくっていたサーバー開発・生産の合弁会社を、相手側が持つ株式を買い取って完全子会社とした。有力OBが「そんなことをしたら、シーメンスとの縁が切れてしまう」と懸念した。富士通という会社は、富士電機から生まれた。その「富士」の名は、属していた古河グループの「ふ」と、シーメンスを「ジーメンス」と呼んでいた時代の「じ」から取っている。そんな縁に、郷愁を感じるOBは多い。でも、そんな「情緒」は、40代までに身に付いたグローバル感覚には、合わない。しかも、完全子会社化は、念願の戦略を軌道に乗せるための布石なのだ。企業のお客に気に入られて、喜んでもらえるところまで行かなければ、先端製品も生きない。そう、確信する。だが、世の中では「顧客志向」を掲げても、商品やサービスを売りつけることまでしか考えない経営者やビジネスパーソンが多い。富士通は、早々と舵を大きく切った。コンピューターから携帯電話に至るまでのハード偏重志向を捨て、収益の中核に「ソフト&サービス」を駆使したシステム構築ビジネスを置く。
在米勤務最後の年となった93年4月、IBMは巨額の研究開発投資やハード偏重などによって経営が悪化し、食品大手ナビスコの会長だったルイス・ガースナー氏をCEOに招いて、再建を託した。ガースナー氏がまず掲げたのが、この「サービス&ソフト」の重視だった。野副さんの胸中に、一つの灯がともる。
IBMは、一気に甦った。ガースナー氏の在任10年の間に、企業文化も変わり、営業マンたちの間にある言葉が定着した。「Anthropology」――人類学を意味するこの言葉は、「1日中、お客の近くにいて、その仕事の目的や悩み、要求、課題などを観察し、寝ても覚めてもそのお客のことばかりを考え、ベストの解決策を提案する」という、営業マンの姿を表していた。
「お客の近くに」。それは、ガースナー氏よりもずっと前に、「経営の神様」と言われた松下幸之助さんが唱え続けていた言葉だ。困難な課題を抱えて、孤独な決断を迫られ続ける経営者でも、すべてに優先させる「基軸」がみつかれば、組織の意識を刷新し、力を集結させていくことも、難しくはなくなる。いま経営悪化で苦しんでいる企業の大半は、経営者たちがその基軸を持たぬまま、思いつきの連続とも言える「漂流経営」を続けている結果だ。
「お客さまのお客さま」にまでメリットを届ける。それを迅速、多彩に実現する核となるのが、小型で豊富な能力を持つサーバーだ。だから、ドイツの会社を子会社化したのだ。
社長内定の記者会見で「私は、社長の指示を実行に移す黒衣だった」と語った。前任の黒川さんは「お客さま起点」を掲げた。そのスローガンを、何げなく、しかも早々と塗り替えている。もはや、「黒衣」と自称していたころの姿は、消えた。