自分がリーダーになるのだという、野心(あるいは向上心と言っていいのかもしれない)を若いうちに養っておくことが必須条件だ。単純に野心と言い切れないのは、チームを引っ張っていくには、責任感や人間的な優しさも必要なためだ。

官僚出身の国会議員は多いが、宮澤喜一元首相以来、頂点を極めた人は出ていない。官僚とはつまり、公僕なわけで「自分は日本のトップに立つ」などという野心は持ってはいけないことになっている。またルールの中で最大限の成果を挙げるのが官僚だが、一からルールをつくるのはとても苦手だ。だから、これからも官僚はリーダーになれないのではないかと私は思う。

小泉元総理も、安倍総理も政治家の家系の3代目だ。身近な家族に優れたリーダーがいると、自らも日本を背負って立つ指導者になるのだという、ゆるぎない野心、責任感、そして向上心がおのずと養われていくのではないだろうか。

そうした土台が築かれているからこそ、政治家として必要な人心収攬術や、度胸、勝負勘を磨こう、強くしようという気持ちになる。土台の有無は、長い年月のうちに大きな差になるのだろう。家族に手本となるリーダーがいなかったとしても、小中学校で良い教師に巡り合うことができれば、同様の効果が期待でき、野心の土台を築くことができる。

「君はすばらしい。いいぞ、どんどんいけ。そうだ、もっとやれる」

子ども時代にそんな言葉を教師からかけられれば、子どもは自らに自信を持って、リーダーとなる道へと進むことができるのではないか。

もちろん一番重要なのは、親がそうした役目を担うことだ。

教育の目的は、知識を取得させることだけではない。子どもたちに自ら強くなる意志を備えさせるのだ。

「君はしょせんこんなものだろう」と言われれば、人の成長は止まる。上手にほめて、背中を後押しすることが、人の上に立つ人物を育てるのだ。たとえそれが錯覚だとしても前に進んでいこうと思えるはずだ。

さあ、自分の子どもや後輩、部下たちにこう声をかけよう。

「君の前途は洋々だ。青い空だけが天井だ」と。

(写真=AFLO)
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