一層の効率化が今後の課題

――燃料電池車は従来車とはまったく異なる運転感覚など、商品力の面では非常に高い潜在能力を持っていますが、一方で水素エネルギーが持つ壁との戦いも避けられません。水素は製造、輸送、貯蔵、補給の4段階でそれぞれ難しい問題を抱えているうえ、副生水素(工業生産の副産物として生み出される水素)以外はエネルギー効率が高いとは言えません。

そこはわれわれも強く認識しています。石油や天然ガスからの改質では効率が悪いうえ、改質時に二酸化炭素も発生してしまいます。副生水素も不純物を徹底的に取り除かなければなりません。燃料電池車の燃料電池スタックは固体高分子型というタイプですが、一酸化炭素が混じっているとすぐにダメになってしまうため、ファイブナイン(99.999%)以上の純度が求められます。また、水素は電気分解によっても作ることができますが、水素にするときの効率は80%台で、燃料電池の効率を掛け合わせると、これも高いとは言えません。

――バッテリー式電気自動車に比べると、どうしても効率で負けてしまう。そればかりか、一次エネルギーの選択によっては、近年、熱効率がいちじるしく向上している内燃機関(ガソリンエンジン、ディーゼルエンジンなど)と較べても圧倒優位とは言えない。

たしかに効率はまだまだ上げていかなければなりません。が、自動車に使われる低温型の固体高分子型燃料電池の理論効率は8割を超える。技術革新による効率向上は今がピークではなく、これから始まるとみていいと思います。トヨタFCVも、数値はまだ明かせませんが、「FCHV-adv」(08年にトヨタが製作した燃料電池車)より大きく進化しています。燃料電池車の実用化が本格的に始まれば、それだけ研究開発のプレーヤーも増え、技術革新も加速すると期待しています。

あと、忘れてならないのは、水素エネルギーは効率以外のメリットもあるということ。ひとつは石油由来エネルギー以外のエネルギーを使えること。もうひとつは大量の電気エネルギーを貯蔵する手段としてはかなり有望であるということです。たとえばカナダは、人口が少ないわりに水力発電由来の電力が豊富で、供給過剰の状態です。電気分解による水素製造は効率だけを見ればパフォーマンスが悪いのですが、余剰電力の有効活用法と考えると一転、とてもいい方法の一つなんです。

実際、カナダは水素エネルギー利用が進めば、水素輸出をビジネスとしてやりたいと言っています。想定価格は1立方メートルあたり40円。1kg(燃料電池車を100km以上走らせることができる)換算で500円もしません。輸送や充填にかかるコストを考えても十分実用的ですし、既存の燃料価格が上がればさらに競争力は高まります。

――トヨタFCVは圧縮水素方式を使っていますね。タンクの充填圧力は700気圧とのことですが、水素を大気圧と同じ立方cm当たり1kgから700kgに圧縮するだけで相当のエネルギーを食ってしまいます。水素を常温で液体にする有機ハイドライドなどの技術も萌芽的に開発されており、それが実用化されれば効率も相当上がりそうですが。

トヨタでは古くは水素吸蔵合金(金属に水素を含ませる方式)やガソリン改質(ガソリンから水素を取り出す方式)など、水素の搭載方法について多岐にわたって研究を行ってきました。もちろん有機ハイドライドもです。

が、技術者としての感覚で言えば、当分の間、圧縮水素方式が主流かなと思っています。その意味ではこのトヨタFCVも究極の形というわけではありませんが、完全になるのを待っていてはいつまでも水素エネルギー利用の夜明けは来ません。スタートを切るためのアドバルーンを揚げる時はまさに今だと思っています。