もちろん、こうしたケースでも、法定相続人全員が合意すれば法定相続分どおりに分ける必要はない。今後の妻の生活を思って、気持ちよく相続放棄してくれる例も多い。だが、思いもよらず何百万円という大金が手に入るチャンスを目の前にして、法律で認められている権利を放棄してくれる人ばかりとは限らない。1人でも権利を主張する人がいると、話し合いはまとまらない。全員の合意を得るのは簡単ではないと思ったほうがいいだろう。

また、たとえ権利を主張する人がいなくても、法定相続人全員と連絡をとり、書類や押印をもらわないと遺産を受け取る手続きは終わらない。ほとんど会ったこともない甥・姪と連絡をとってこうした書類を集めるだけでも、その手間や気苦労は膨大になってしまうはずだ。

田中さんのようなケースでは、夫が「妻に全財産を相続させる」という遺言を遺していれば、こうした問題を避けることができる。

遺言では本人の意思で自由に財産の分け方を決めることができるが、法定相続人には通常、最低限の財産を受け取る権利が決められていて、これを「遺留分」という。たとえば、子どもがいる場合、夫が「妻に全財産を相続させる」という遺言を遺したとしても、子どもは財産のうち法定相続分(2分の1)の半分にあたる4分の1については受け取る権利を主張できる、というものだ。

しかし、兄弟姉妹や甥姪が法定相続人になる場合は、この遺留分がない。このため、遺言さえあれば、義姉や甥は権利を主張することができなくなる、いうことだ。

このように、子どものいない夫婦の場合では特に遺言が必要といえる。たとえば、夫婦でお互いに遺言を書いて交換し合うのもいいだろう。「妻(または夫)にすべての財産を相続させる」と書くとよい。ただし、法的に有効な遺言でないとトラブルになるので、その点は十分に注意してほしい。

(有山典子=構成)
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