生き延びることは可能だったのに
そしてお市の方は、柴田勝家とともに自害し、さらに殉死したのは女中2、3人だったということである。
このお市の方の最期には、戦国期の武家社会における女性のあり方と死生観が如実に表れています。お市の方がみずから選んだ最期からは、単純な「忠義」あるいは夫への「愛」という現代的な解釈ではとらえきれない、複雑な武家女性の内面が見えてきます。
まず、娘たちとともに逃げることは十分可能でした。勝家もむしろそれを勧めました。娘たちも、まだ14歳、13歳と10歳でした。母として、娘たちの成長を見届けたかったはずです。しかし、お市の方はあえて死を選びました。
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