イギリス貴族階級の英語を操るエリート

戦後、東久邇宮稔彦王が内閣を作ると近衛文麿を内務大臣の一人に据えた。そして、外相に重光葵が就いた。ちなみに、このとき次郎は近衛に「アメリカとの折衝役をさせてもらえないか」と頼んでいる。何か期するものがあったのだろうが、近衛は「デリケートな問題です。押しが強いからいいというものではありません」と断っている。

次郎は小さなころからイギリス仕込みの英語を習っており、ケンブリッジ大学にも留学したことがある。だから、英語はネイティブ並みで、それもスラングではないケンブリッジに通う貴族階級の上質な英語であった。さらに英国仕込みの自己主張の強さも持っていたから、次郎自身はアメリカとの折衝に自信があったのだろう。

近衛にはそれが不安だったが、時代が白洲次郎を求めていた。