『野球人は1年ごとに若返る』 #追悼 #長嶋 茂雄 #書籍抜粋 2025/07/24 16:00 #1 #2 #3 実はアート好きだった長嶋茂雄…イタリアで「どうしても見たくて拝み倒して」15分だけ鑑賞した世界的名画 "ミスター"の好奇心を突き動かしたのは野球だけではなかった PRESIDENT Online 長嶋 茂雄 +フォロー 読売巨人軍終身名誉監督 前ページ 1 2 3 4 5 ここから先は無料会員限定です。無料会員登録で今すぐ全文が読めます。 今すぐ無料会員登録 プレジデントオンライン無料会員の4つの特典 30秒で世の中の話題と動きがチェックできる限定メルマガ配信 約5万本の無料会員記事が閲覧可能 記事を印刷して資料やアーカイブとして利用可能 記事をブックマーク可能 ログインして続きを読む 【関連記事】 【第1回】「敵に負けるのは嫌だが、自分に負けるのも嫌だった」68歳で脳梗塞に倒れた長嶋茂雄を復活させた壮絶リハビリ 残念ながら「第二の長嶋茂雄」は絶対に現れない…三振しても愛された「国民的スポーツ選手」が遺した大きな功績 だから大谷翔平は二刀流を実現できた…日本が野茂、イチロー、大谷と面白いように天才を輩出し続けられるワケ 真剣に努力したことがある人なら分かる…『スラムダンク』の強豪校監督が残した名台詞の"真の意味" だから陰気な「やなせたかし先生」は結婚できた…朝ドラモデル"はちきんののぶ"が放った最強の殺し文句 1 2 3 4 5 長嶋 茂雄(ながしま・しげお) 読売巨人軍終身名誉監督 読売巨人軍終身名誉監督。1936年千葉県生まれ。立教大在学中は東京六大学野球の新記録(当時)となる8本塁打を放つ。1957年巨人軍に入団。背番号3。入団の翌年本塁打、打点の二冠を獲得し新人王を受賞。MVP5回、首位打者6回、本塁打王2回、打点王5回、ベストナイン17回。「ミスタージャイアンツ」と呼ばれる。1974年の現役引退後、巨人軍監督に二度就任し、5回のリーグ優勝、2回の日本一に導いた。2005年文化功労者。2013年国民栄誉賞受賞。2025年没 <この著者の他の記事> 「長嶋の感ピューター野球」と笑われたが正しかった…長嶋茂雄が監督時代に「損だから」と選ばなかった作戦 関連記事 残念ながら「第二の長嶋茂雄」は絶対に現れない…三振しても愛された「国民的スポーツ選手」が遺した大きな功績 だから大谷翔平は二刀流を実現できた…日本が野茂、イチロー、大谷と面白いように天才を輩出し続けられるワケ 真剣に努力したことがある人なら分かる…『スラムダンク』の強豪校監督が残した名台詞の"真の意味" ランキング 1位 だからハーンは「熊本は大嫌いだ」と書いた…セツの養父母まで呼び寄せた九州移住がたった3年で破綻したワケ ランキングをもっと見る 社会 #追悼 #長嶋 茂雄 #書籍抜粋