なぜ私たちは「生成AI」を神のように崇めてしまうのか。哲学、歴史学、文化人類学、美術史など人文科学に基づくコンサルティングを行うマスビアウ氏に聞いた――。
クリスチャン・マスビアウ
クリスチャン・マスビアウ
デンマーク出身。コペンハーゲンとロンドンで哲学、政治学を専攻。2005年にデンマークで戦略コンサルティング会社ReDアソシエーツを創業。同社は文化人類学、社会学、歴史学、哲学の専門家を揃え、人間科学を基盤としたコンサルティングを行う。著書に『センスメイキング 本当に重要なものを見極める力』『心眼 あなたは見ているようで見ていない』(ともにプレジデント社)など。

なぜ選挙の勝敗予想はいつも外れるのか

「人々は物事を見ていない」。私がそう気づいたのは、大学院で文化人類学や哲学を学び、学者を目指していたときでした。孤独な研究生活に限界を感じていた私は、研究で学んだ「観察」のスキルを、大学よりも広い世界で応用できないか考えるようになりました。

企業経営に軸足を移してからは、20年以上にわたって世界中のプロジェクトに携わり、観察力を生かして経営者たちを支えてきました。観察する対象は、病院に通う患者から自動車のユーザーまで多岐にわたります。企業が顧客の行動について知りたい場合、ただオフィスの椅子に座って数字を眺めているだけでは、経営判断を誤ってしまう。誰もがAIに頼る時代になりましたが、「観察」こそが、新たな発想や発明を生む方法なのです。

今、私たちが目にする世界は数字で溢れかえっています。政党の支持率から景気予測までさまざまです。我々は、数字は信頼できそうだとすぐに飛びつきますが、本当にそうでしょうか。

2024年の米大統領選挙を思い返してみましょう。ドナルド・トランプ現大統領とカマラ・ハリス前副大統領で支持率が拮抗きっこうしていると報じられましたが、結果は前者の圧勝。16年にはヒラリー・クリントン氏が勝利するという予測も外れました。選挙予測など完璧ではないのに、人々はなぜか数字を信じたがるのです。

市場調査で好んで使われるのが、アンケートです。この調査方法には重大な落とし穴があることに注意しなければいけません。アンケートは、回答者が「正確な自己認識を持ち、正直に答える」と仮定しています。しかし人間は嘘をつきます。調査の前提がもろいのです。

人間がつく嘘は、意図的なものだけではありません。私たちは無意識に他者の期待に応えようとします。周りの目線や圧力を恐れて嘘をつく現象――いわゆる「選好の偽装」です。この概念の由来は、スターリン体制下のソビエト連邦だといわれています。政府を批判すれば命に危険が及ぶため、人々は社会主義革命を支持しなければなりませんでした。その結果、公的と私的な意見を区別するようになったのです。

「選好の偽装」は、独裁政権下だけでなく、日常生活でも頻繁に起こっています。たとえば米大統領選では、トランプ支持者だと思われたくなかった人々が、投票先を公言しないまま当日を迎えたのでしょう。世論調査や市場調査だけで人間の本心を捉えることは、極めて難しくなっています。

もっと身近な例で考えてみましょう。家庭生活と食習慣に関するアンケートでも、似たような誤謬ごびゅうが見られます。アンケートで毎日の習慣について尋ねると、「有機食品を使って自炊をしている」「子どもたちに健康的な食事を与えている」と答える回答者が多数を占めます。しかし、実際の回答者の家を訪問して生活を観察してみると、実態は異なるというケースが多い。彼らはすすんで嘘をつきたいわけではなく、自己認識と現実のギャップに無自覚なのです。言葉と行動に食い違いがあるとき、観察は効力を発揮します。

「次に来るもの」は人間にしか予測できない

AIや統計の問題点は、少数派の経験を見落としてしまうことです。AIのように最も平均的な答えを求め続けると、変わった意見は排除されてしまいます。中心にいる多数派の経験だけでなく、世界に散らばった少数派の体験をどう捉えるかは、人類学にも関わる話です。一見ニッチな“傍流”には、次世代を支えるトレンドが隠されていることもあるのです。

実際に私が携わったプロジェクトの例を挙げましょう。韓国のサムスン電子は、YouTubeが世界中に広がるよりもっと前の、かなり早い段階で「新しい形でメディアと関わっている人々を探してほしい」と依頼してきました。テレビリモコンの将来性を解明してほしいというのです。