近世城郭の性格を決定づけた
従来の城のような、小規模な曲輪が複雑に連なり、迷路のような通路で結ばれているのとは構造が大きく異なった。高虎がめざしたのは効率性だった。
それまで平地は軍事的に不利とされたが、前述のように三重の堀で囲み、さらに高い石垣をめぐらせて弱点を補った。このころ石垣の構築技術は、日進月歩で進化しており、今治城は地盤が弱い砂地に築かれたにもかかわらず、石垣の高さは9~13メートルにおよぶ。むろん石垣の上は、隅部は多重櫓、櫓と櫓のあいだは一重の多門櫓や塀で守られていた。
また、内堀の50~70メートルという幅は、弓矢の射程距離は超え、城内からは鉄砲で敵をねらい撃てるという絶妙の距離。加えて、ほとんどの虎口に枡形虎口を採用し、守りやすく攻められにくい構造にした。
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