獄中で生まれた「一つのことに打ち込む」決意

〈身におぼえのない罪で逮捕されてしまった田中正造は、遠野町の監獄で苛酷な取り調べを受けます。思ったことを正直に話す田中正造は、役人の反感を買い、「そろばん責め」という拷問にもかけられました。最終的に3年以上に及ぶ勾留は、30代の大切な時期を奪うことになりましたが、同時にまた大きな気づきをもたらしました〉

異郷に忘れられたひとりの囚人として、正造は記憶術にあたらしい工夫をした。牢屋の中には、本の差し入れをしてくれる人もなく、紙に文字を書くこともできなかったので、ただ黙ってすわって自分の今までのこと、これからのことをくり返し考えていた。

その時、自分は人よりも頭が悪いということに気づいた。とくに物覚えがわるい。これではとても、器用な人のように二つも三つものことができるわけがない。これまでは体力にまかせて、百姓の仕事、名主の仕事、子どもの教育、藍玉の商売、役人の仕事などいろいろしてきたが、どうも自分は一つのことに打ち込むしかないようだ。一つの目的と仕事にささげる生涯をおくることにしたい、と正造は考えるようになった。