ほしい小麦粉は譲ってもらえなかった
麺は、春よ恋という銘柄の国産小麦粉を主に、国産の中力粉を加えて麺をつくった。
本当は、「はるゆたか」という、僕が支那そばやさんで食べて感動した麺に使っていた小麦粉を使いたかったが、最初は譲ってもらえなかった。
スーパーはるゆたかという、当時、佐野実さんゆかりの江別製粉さんが開発した小麦粉を、喉から手が出るほど欲しかったが、さすがにそれを使うのは僭越で失礼だと思い直した。
結局、北海道の違う製粉所さんが譲ってくれた、春よ恋のストレートから始めた。ストレートとは、いわゆる地粉と言われるものと同じの、真っ白ではなく少し黒みがかった挽き方をしたもの。強い風味と穀物感のある粉だった。
飯田将太の「原動力」とは?
最初の僕の製麺機は、ローラーが4寸と中華麺をつくるには小さかった。だから生地をのす力が弱く、コシのある麺にならない。製麺については本だけが頼りだったから、水分量についての勘違いなどもあって、当時の麺は、とても柔らかなものだった。
煮麺みたいだと言われた。でも、これがよくスープをすくうので、一つのラーメンとして成り立っていたと思う。
麺と小麦粉については、結局、佐野実さんにも誰にも教わることがなかったから、佐野実さんの麺のおいしさの理由が真から納得できるまでに5年を要した。
いつか佐野実さんにたどり着きたい、いつか佐野実さんに食べていただけるようなラーメンをつくれるようになりたい。これが僕の原動力だった。

