傷口から侵入して、毒素を産生する
さて、源内が患った破傷風とは、酸素のないところでのみ増殖する偏性嫌気性菌である破傷風菌によって引き起こされる感染症である。破傷風菌は通常の自然環境では土壌のなかに芽胞という増殖力はないが、物理化学的に安定した細菌本体よりも小さな粒子で存在する。そして傷口などから侵入して、創部で発芽・増殖し、毒素を産生するようになる。
破傷風菌の産生する神経毒素テタノスパスミンは、細菌のゲノムとは別にプラスミドという独立した遺伝子にあって、破傷風菌の増殖や代謝に伴ってその産物が創傷局所から血液やリンパの流れによって末梢神経の端末に達する。さらに末梢神経から軸索という細い神経線維を伝わって脳や脊髄などの中枢神経に達するのである。
中枢神経では興奮を伝達する経路と、抑制する経路が拮抗してバランスが保たれているが、破傷風毒素は神経結合部であるシナプスにおいて抑制性神経伝達を選択的にブロックする。そうなると、わずかな刺激でも末梢運動神経、脳神経、交感神経神経の活性化が生じて、全身の強直性けいれんや開口障害など破傷風特有の臨床症状を引き起こすのである。
現代でも、途上国では50%以上の死亡率
歴史的には紀元前5世紀、ギリシアの医祖ヒポクラテスの時代から知られていたが、1884年ドイツのアルトゥール・ニコライアーが菌を発見、7年後にコッホのもとに留学していた北里柴三郎が菌の純粋培養(嫌気培養)と血清療法の開発に成功した。傷口が汚染されやすい戦争外傷では、たとえ軽症であっても破傷風による二次的死亡が少なくないことから第二次大戦中に開発された破傷風ワクチン(破傷風毒素を精製・無毒化したトキソイド)が各国の兵士に普及した。
現在では破傷風毒素とジフテリア毒素、百日咳菌(不活化ワクチンと成分ワクチンがある)の三種混合ワクチンが世界中で広く接種されている。それでもわが国で年間100例程度の報告がある。ワクチンの効果は永続性がないので、特に途上国への旅行者や農作業など土壌汚染のリスクのある人は繰り返し接種を受ける必要がある。もちろん、田んぼや河川などに素足で入るべきでないというのは言うまでもない。
破傷風の場合は感染局所で産生された細菌毒素が中枢神経に到達して発症するので創部の外科的治療や抗菌薬に加えて抗血清が今でも有用な治療法となる。幸いなことに現代のわが国では適切な治療もあって死亡率は10%以下であるが、途上国では50%以上に達する。さらに途上国では新生児が出産時に感染して死亡することも多いので、清潔な場所での出産に加えて母体へのワクチン接種も行われている。

