親が育てられない乳児を匿名で預かる「赤ちゃんポスト」が東京・墨田区に設置された。赤ちゃんの命を守る「最後の砦」になることが期待される一方、匿名で受け入れる仕組みには課題が指摘されている。ノンフィクションライターの三宅玲子さんが取材した――。

都会で始まった「いのちのバスケット」

JR錦糸町駅北口を出て、四つ木通りをスカイツリーの見える方向へ直進する。大人の足で8分ほどの距離は、赤ちゃんを抱いて歩くには少し遠く感じられるかもしれない。目指す場所は左手の病院1階、目印は緑のパトランプだ。

賛育会病院
編集部撮影
JR錦糸町駅から北へ約500mに位置する賛育会病院

ランプが光っている扉に鍵はかかっておらず、24時間いつでも入ることができる。赤ちゃんのための小さなバスケット(籠)が用意してあり、赤ちゃんを寝かせたらすぐに立ち去ることができる。

墨田区の東京都地域周産期母子医療センター・賛育会病院が始めた「いのちのバスケット」(通称ベビーバスケット)。東京初、医療機関による全国で2カ所めの赤ちゃんポストだ。孤立出産による赤ちゃんの殺害遺棄事件を防ぐ最後の砦になりたいと、3月31日に運用を開始した。生後4週間までの赤ちゃんを受け入れる。

赤ちゃんポストは、2000年にドイツで「ベビークラッペ」という名称で始まったもので、日本では熊本市にある慈恵病院が2007年から「こうのとりのゆりかご」として運用している。

預けられた赤ちゃんは里親や乳児院へ

赤ちゃんはどのようなプロセスを経て育っていくのだろう。流れを追ってみよう。

「いのちのバスケット」に預け入れられると、病院職員が1分以内に部屋に駆けつける。同時に病院は所轄の警察署と江東児童相談所に通報する。警察官は赤ちゃんが怪我を負っているなどの事件性の疑いがない限り、預け入れた人を取り調べることはないという。病院が警察に「棄児発見届」(戸籍法57条)を提出し、警察は調書を作成して墨田区に届け出る。

江東児童相談所の職員は赤ちゃんを一時保護する。ただ、一時保護とは手続き上のことで、赤ちゃんは4週間ほど賛育会病院で育てられ、その後、里親や乳児院につないでいく。

赤ちゃんの親がわからない場合は、特別養子縁組を前提とした里親に託される可能性もある。なお現在、東京都には特別養子縁組養親候補者720人、養育里親候補者650人が登録している。

墨田区は戸籍法に基づいて赤ちゃんの戸籍(単独戸籍)をつくり、墨田区長が赤ちゃんの名付け親になる。

【図表1】「いのちのバスケット」の仕組み
編集部作成