作家デビューから15年、15冊目の本で直木賞を受賞
――『藍を継ぐ海』(新潮社)で直木賞を受賞しました。昨年、NHKでドラマ化された『宙わたる教室』(文藝春秋)など、これまで出された小説も増刷がかかっていますね。
【伊与原新、以下、伊与原】そうですね。これまで15冊の本を出してきましたが、周りの皆さんが喜んでくれてよかったなと思います。家族や親戚や友人、研究者時代の知り合いや、各出版社の担当の方がすごく喜んでくれました。だからといって、「これで売れっ子作家の仲間入りだ」とか、そういう感覚は一切ありません。先日も、直木賞の選考委員の方々(小説家)と同じテーブルに座る機会がありましたが、自分が場違いな気がして、居心地がよかったとは……(笑)。
――東京大学大学院理学系研究科で博士号を取ったあと、富山大学の助教だった2010年に、近未来を舞台にした冒険小説で横溝正史ミステリ大賞を受賞され、翌年、38歳で専業作家になられました。大学の助教からの転身は、勇気のいる決断だったのではないでしょうか。
【伊与原】小説を書き始めたのは36歳ぐらいで、大学を辞めるときにはすでに小説家としてデビューしていました。原稿の執筆依頼も複数来ていて、作家としてのスタートは切っている状態でしたので、決断というほどの勇気を必要とはしませんでしたね。正社員で働く妻も、「あなたの人生だから好きにしたら?」と言ってくれました。その後、まったく本が売れないという状況になって初めて、小説家という職業はこんなに厳しいんだ……ということがわかりましたが(笑)。もちろん、研究と小説が両立できればそれに越したことはなかったけれど、小説の締め切りがあると、そのことしか考えられず、どちらかを選ばないと両方中途半端になるなと思い、小説を選んだのです。
神戸大学卒、東大大学院で地球惑星科学を専攻し研究者に
――神戸大学から東大大学院に進み、地球惑星科学を専攻し、研究者になったのは、目指していた道だったのですか。
【伊与原】子供のときから宇宙や惑星に興味があり、高校生になる頃には地球科学の研究者になろうと思っていました。僕が取り組んでいたのは、岩石のデータから地球の仕組みや進化を解明する研究ですが、どんな研究も必ず壁にぶち当たるもの。研究者には、研究に直接関わる能力だけでなく、いろんな人を巻き込みながらその壁を打ち破るバイタリティが必要で、パッションが自分には足りなかったのかもしれません。信頼できるデータも出なくて、研究がなかなかうまくいかない時期に、もともと好きなミステリーを読んでいたらあるトリックを思いつき、そのネタを使って小説を書き始めました。