認知バイアスの活用で納税率を向上
また、政治家以外にも、最近、行政の政策立案者は認知バイアスを活用しています。英国では他国に先駆けて行政サービスの改善に認知バイアスの理論を活用しようとして2010年に「行動洞察チーム」を設置しました。
チームでは納税率を上げるために未納者に新しい通知書を作成し、そこに「あなたの近隣の90%の人々はすでに税金を納めています」と記載しました。こう書くことで多くの人は「近所の人が払っているならば、自分も払わなければ」という気になります。厳しい罰則を新たに定めたわけではなく、文書の内容を工夫することで、納税率が向上し、納税の遅延も大幅に減少したのです。
「人はみんなが選択した判断を好む」という社会的証明と呼ばれる認知バイアスをうまく用いています。「みんな払っていること」を認識させることで、何も強制せずに、行動を促したわけです。
時間に追われる現代人にこそ必要な教養
私たちが生きている現代は常に時間に追われています。多くの情報から必要な情報を取捨選択したり、その情報に基づいて判断したり意思決定したりする際にも、時間をかけないで情報を精査しなければいけません。
人間の思考は合理的ではありません。経験則で判断します。理屈ではなく、過去の経験に依存しがちです。実際、素早く決めなければいけない場合は、あまり考えている時間がないので、経験則による判断が必要になります。これは人間の生きる知恵でもあります。
ただ、時間がないからと経験則で判断してばかりいると、認知バイアスの落とし穴に気づけず、痛い目に遭う可能性もあります。そして、ときには生命や財産がリスクにさらされたり、人間関係を壊しかねなかったりするほどのダメージを負うこともあります。情報があふれ、時間がない今の時代こそ、「教養としての認知バイアス」を知る必要があります。
実際、最近は認知バイアスへの関心の高さから、海外では大学も教育に力を入れています。ハーバード大学はオンラインコースで、認知バイアスに関する講義を2024年の9月に実施しており、それは認知バイアスに関する科学的知見や職場でのバイアスの影響を軽減するための戦略を学べる内容になっていました。ペンシルベニア大学やスタンフォード大学でもこれまで認知バイアスに関連する授業が開かれていて、もはや認知バイアスは「必須の教養」となりつつあるのです。