「国の主権を奪われた」米国民の悲鳴

ワシントン大学で政府倫理を専門とするキャスリーン・クラーク教授は、CNNの取材に応じ、「ここ1週間で、これほどまでに政府運営に強大な力を振るった人物は思い当たらない」と、事態の異常性を指摘する。

介入は日に日に広がりを見せる。連邦政府の不動産管理と調達業務を担う総務管理局や財務省でも同様の事態が発生。一連の強引な手法に対し、法的措置で対抗する動きも始まった。政府労働組合は、職員の個人情報を含む政府データへの「大規模かつ前例のない」侵入があったとして提訴している。

絶大な権限を振るうマスク氏だが、選挙で選出されたわけではない。政府機関におけるマスク氏の影響力が急速に拡大したことで、アメリカでは民主主義の危機が叫ばれている。ロサンゼルス・タイムズ紙は、この事態に警鐘を鳴らす市民からの投書を紹介している。

エンシノ在住のジーン・ブラント氏は、「国民の誰一人としてマスク氏に投票していないのに、なぜ彼がアメリカ政府で最大の影響力を持つ立場になれたのか」と疑問を呈する。そして「憲法が定める権力分立は崩壊し、わずか2週間で私たち有権者は国の主権を奪われた」と、民主主義の危機に強い懸念を示している。

2025年1月20日、ワシントンD.C.の連邦議会議事堂で行われたドナルド・トランプ第47代アメリカ合衆国大統領就任式での実業家イーロン・マスク(中央)とドナルド・トランプ・ジュニア(左)。
写真=AFP/時事通信フォト
2025年1月20日、ワシントンD.C.の連邦議会議事堂で行われたドナルド・トランプ大統領就任式での実業家イーロン・マスク氏(中央)

CIAに吹くリストラの嵐

民主主義の崩壊のみならず、アメリカ政府の将来性さえ危惧されはじめた。

米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は2月4日、これまでトランプ氏の支出削減策から除外されていた国家安全保障に関わる組織が、リストラの対象入りしたと報じている。

記事は、「CIAは、トランプ政権による連邦政府の縮小の一環として、職員に退職を勧める最初の諜報機関となったようだ」と切り出す。対象の職員には、転職先を探しつつ9月まで給与を受け取れる「延期された退職」プログラムが用意されるという。

もっとも一部報道は、この退職プログラムはマスク氏と直接関係がなく、CIAのジョン・ラトクリフ長官が自主的に設けたとしている。ただし、CIA関係者はニューヨーク・タイムズ紙に対し、同プログラムは「連邦政府の労働人口を縮小するという、マスク氏主導の取り組みの一環として」実施されていると説明している。

懸念されるのは国防への影響だ。米ポリティコ誌によると、米連邦議会下院・情報特別委員会の筆頭理事であるジム・ヒメス議員は声明で、人員削減策への疑念を提示。「もし政権が真に情報コミュニティの合理化を図り、中国や麻薬密売などの分野に注力したいのであれば、トランプ氏とマスク氏は、すでにCIAで働いている有能で経験豊富な人材に出資を惜しまないはずだ」と指摘する。