秋葉老師は「寡黙だが人を包み込むようなフワッとしたところのあった知野さんと、直線的な性格のジョブズ氏は、きっと馬が合ったのだろう」と振り返る。

自分も裸になり、信者には最良の友人として接することが禅僧の務めとされる。知野老師とジョブズ氏との関係は、師と信者でありながら、友人同士でもあった。

85年、ジョブズ氏は、共同設立したアップルを追われ、失意のどん底に陥るが、そのとき、精神的支えとなったのが知野老師だった。86年には、前年に設立したネクスト・コンピュータの宗教顧問に任命。91年には、知野老師の下でローレンさんと結婚式を挙げている。

ジョブズ氏が知野老師に深い信頼を寄せたのは、改革者としての魂を共有していたからかもしれない。米国の作家アラン・デウッチマン氏は『スティーブ・ジョブズの再臨――世界を求めた男の失脚、挫折、そして復活』のなかで、知野老師を「僧侶としての厳格な修行や重い責任に反旗を翻した背教者であり、禅のスティーブ・ジョブズ」と評している。

秋葉老師は感慨深げに語る。

「知野さんは、信者のことはほとんど話さなかったが、ジョブズ氏については、1度だけ『将来、大きな仕事をするかもしれない』とつぶやいたことがある」

80年代後半にジョブズ氏と話したことがあるというコロンビア大学のロバート・サーマン仏教学教授によれば、ジョブズ氏は、いわゆる仏教徒ではない。だが、チベット文化の保護について相談すべく、俳優のリチャード・ギア氏とパーカッショニストのミッキー・ハート氏とともにオフィスを訪れた際、ジョブズ氏は大きな関心を示し、非常に寛大に接してくれたという。サーマン教授は言う。

「彼が生み出した製品には、仏教の精神が漂っている。その天才的な能力のおかげで、世界中にコンピュータが普及し、何十億という人々の頭脳が、ニューロン単位でつながった。“宝玉をちりばめたインドラ網”の創造といえる」