経営知識がゼロのまま跡を継ぎ、4度の経営危機に陥る

同社はもともと、食品卸売業として戦後1952(昭和27)年に岡山市内に設立された。祖父の戦死を受け、秋山さんの祖母・玉恵さんが生計を立てていくために一念発起して立ち上げた。父・忠宏さんは、生計支援のために高校を1年で辞めざるを得ず、祖母の創業期を支えた。秋山さんは1958年に生まれ、当時住み込みの社員や祖母に目をかけられて育ったという。

「祖母は『なんとかなる!』が口癖の、とても豪快な人でした。友だちにちょっかいかけてしょっちゅう廊下に立たされているやんちゃな僕をずっと肯定してくれて、すっかりばあちゃん子に育ちました。小さな頃から『あんたは大町の跡継ぎやからな』と言われ続け、それが当たり前と思っていました」

「日本一のだがし売場」店内
撮影=野内菜々
小学生の男児は家族と倉敷市から1時間かけて来店、10回目の訪問。「自分で予算を決めて買います」と真剣な眼差し

大学卒業後は「家業に入る前に好きなことをやりたい」と、京都の大手百貨店に入社。婦人服や小物販売などを任され、直接販売の他、外商、訪問販売、通販と、小売業の一切を現場で学んだ。