ソ連と中国共産党指導部の伝達役を担う

張がゾルゲから最初に与えられた仕事は新聞を読むことで、十数紙から国民党の軍事、政治、経済の情報を集め、自分の判断や分析を加え、報告にまとめた。他の仲間が英語に翻訳し、暗号化してモスクワに送った。

アレクセーエフは、ゾルゲと周恩来が最初に会ったのは、ホテルでの面会の二カ月前とみている。コミンテルン執行委のピャトニツキー委員長は三一年七月三日付で軍情報本部のベルジン本部長に書簡を送り、中国共産党指導部を早期に復活させる必要があるとし、

「周恩来らが早急に支配地区に移動し、政治局として活動するよう上海の諜報部に伝えてほしい。移動が危険な場合、周恩来らはモスクワ経由で行くことも可能だ。あらゆる手段を使って彼らを保護するようゾルゲに依頼する」と要請した。(『あなたのラムゼイ』)