謎のチラシに書かれていたこと

建物の入口を入ろうとする。矢沢ルック(ストレートなシルエットの上着にタックのたくさん入ったパンツ、中は白のタンクトップか素肌、といった最近の永ちゃんの定番ルックをコピーしている)の若者が配っているチラシを見て、こりゃまた驚いた。

それはよくあるイベンターからの他アーチストのライブのお知らせなどではなく、「矢沢永吉御一行様」にむけてのメッセージがつづられたチラシなのであった。

通りを過ぎる人々にチラシを提供
写真=iStock.com/VanWyckExpress
※写真はイメージです

「矢沢永吉を通じてめぐり逢った男達のネットワーク」という同志のグループが、自主的につくって配っているというこのチラシには、そのグループの中の4名の人が、矢沢および今回の山梨公演に対する思いを語っている。

「大歓迎! BIG BEAT御一行様」(BIG BEATはこの年のツアー名)「ようこそ! 山梨県民文化ホールへ」「40本目御苦労様です」といった、直接的な永ちゃんへのメッセージ。

全文を読んでみると、「永ちゃん、今年も山梨へ来てくれてありがとう」という矢沢へのメッセージと「永ちゃんにうまい酒を飲んでもらおうぜ、みんな!」というファンにむけてのハッパ、この2つが大きな柱となっている。私はこんなチラシを見たことがない。

矢沢へのメッセージを客に配ることによって、その数人の同志のメッセージを全観客からのそれにしてしまうというメカニズムが読みとれる。

矢沢さんに気持ちよく帰っていただきたい

また、入場の際に主催者及びコンサートスタッフ側から配られた「矢沢のLIVEを最高にするためのお願い」という、会場内での注意事項が記されたチラシもまた、私が初めて見るスタイルのものであった。

注意・禁止事項はありきたりであるが(でも旗やのぼりの持ち込み禁止項目アリ)、最後に「次回からもこの地区でコンサートが開催できますようにご協力下さい」の一文がある。

また「矢沢永吉の権利が守られるためにも、矢沢永吉のポリシーに反する海賊商品は絶対に買わないようご協力をお願いします」というのも書いてある。

矢沢至上主義とでも言いたくなるようなこれらのレトリックは、当然レトリックだけではなく「信仰」の行動にも表れる。「いいコンサートにしたい」のは自分たちが客としていいコンサートを観たいという願望以上に、矢沢さんに気持ちよく帰っていただきたい、ということなのである。

永ちゃんがライブ中のMCで「ホント、今日はサイコー」と言った時の客席の喜びようはすごかった。私はそこに「ああ、矢沢さんが喜んでくれて良かった」という安堵感があることを感じた。