遊郭のある吉原に生まれ、遊女を手配する引手茶屋の養子に

蔦重は寛延3(1750)年、江戸吉原で生まれます。7歳の時に両親が離婚し、吉原で引手茶屋「蔦屋」を経営する喜多川氏の養子になります。引手茶屋とは、酒や食べ物を提供しつつ客の希望などを聞き、それに合わせた妓楼と遊女を手配してくれる吉原の案内所のような場所です。

ここで吉原のことを簡単に説明しておきましょう。

吉原とは、唯一の江戸幕府公認の遊廓です。もともとは日本橋近く(現在の人形町)にありましたが、江戸が発展していくにつれ、遊廓が町の中心部にあることは好ましくないと幕府から移転を命じられました。折しも明暦めいれきの大火(1657年)で全焼したこともあり、浅草寺裏の当時は田園が広がっていた日本堤に移転していたのです。移転して以降を「新吉原」と呼ぶこともあります。蔦重が生まれ育ったのはこの新吉原です。