難解なセリフをあえて暗記するか、メモをたどたどしく読むか
そうして真剣に『プリニウス』を読んでいるうちに、ふと気になった。たびたび「うわぁ、わかんない」という難解な言葉が出てくるのだ。たとえば、僕が注目したのは、このセリフ。
「ウェルギリウスのアエネイスでは、アエネアスの船がアイオロスによって沈められている」
難解すぎる。まるで早口言葉。しかも、まったく馴染みのないカタカナの固有名詞がズラズラと出てくるのに、あまり注釈がない。「ウェルギリウス」も「アエネイス」も「アエネアス」も「アイオロス」も、全部わからない(ちなみにこれは、全部ググってみた。それも準備だ)。
これはひょっとして、あえて難解にすることで読者をイラつかせ、その反動の勢いで作品に没入させようとしている演出なのか?
この予想が、ひょっとしたら、対談をおもしろいものにする突破口になるかもしれない。本当にそうだったら盛り上がるし、仮に「それは違う」と言われたとしても、それはそれでおもしろい。
僕は、作品中のきわめて難解なセリフをメモした。
長年、スポーツ実況をやってきた身でも舌を噛みそうな、早口言葉みたいなカタカナの羅列を、対談当日までに暗記するか。それとも、その難解さを際立たせるために、あえてヤマザキさんの目の前でたどたどしくメモを読んでみせるか――。
先に結果を言うと、対談の本番で、このメモを出すタイミングは訪れなかった。
「ヤマザキマリの仕事のパッチワーク」がクリーンヒット
理由は2つある。1つは、このメモを持ち出すまでもないほど、対談が盛り上がったから。ありがたいことにヤマザキさんは、僕と同じくらい、よく喋る人だった。そうなると会話のキャッチボールの中で、僕もどんどん聞きたいことが溢れてくるから、あっという間に時間が過ぎた。
そして2つ目は、もう1つ僕のほうで事前に準備したものがあり、それがヤマザキさんにクリーンヒットしたからメモは引っこめることにした。
クリーンヒットとは、いってみれば「ヤマザキマリの仕事のパッチワーク」である。
先にも述べたとおり、ヤマザキさんの活躍は幅広い。仕事は主に「絵を描くこと」だが、それがまた多彩なのだ。漫画から、自分が暮らしていたシカゴのポスター、ジャズのポスター、カーニバルのポスター、さらには山下達郎さんのCDジャケット、立川志の輔さんの写実的な肖像画、ヤマザキマリさん自身のマンガチックなイラスト、はたまた精緻な青龍のイラストなどなど……とても同じ人物が描いているとは思えない。
美術や絵について明るくない僕からしたら「なんだ、この人?!」だ。ジャンルもテイストもバラバラ。あまりにもめちゃくちゃな百貨店ぶりが、なんたる魅力。理解しようとしても、もうギブアップだと思った。
そこで、ネット上で見つけたヤマザキさんのいろんなタイプの作品をプリントアウトして、ハサミで切り抜き、1枚の大判画用紙にパッチワークのように貼り付けた。貼り付ける順を何度も調整して、とにかく脈絡がないように並べた。ノリで貼り付けたから、ちょっとヨレたりもしている。小学校低学年の児童の宿題みたい。