剛速球がなくても打者を打ちとれる驚くべきデータ

ただ、一定程度のパフォーマンスをするとの楽観的な意見がある一方で、ネガティブな意見もある。

「MLBのボールやマウンドが大きく変わるため、故障のリスクも高まって、年間通して使えない」
「会話力や球場の移動距離などの問題は大きな壁になる」
「(外国人の)捕手との相性によって左右される」

確かに環境が大きく変わるため、最初から全開というわけにはいけないだろう。また、これまで30代でメジャー挑戦した上原浩治(巨人→オリオールズなど)や平野佳寿(オリックス→ダイヤモンドバックスなど)、斎藤隆(横浜→ドジャースなど)はいずれも先発ではなくリリーフに回った。特に、上原の場合は先発としては限界が来ていたため、MLBでの中4日のローテーションに耐えられなかった。そう考えると、ローテを守り切れるかという懸念はある。

しかし、菅野の場合、ずば抜けた適応能力の高さがある。それは、多くの専門家がすでに言っている。

例えば、ルーキーイヤーのシーズン。東海大学時代は力で押していく剛腕として知られたが、プロ入りするや制球力と多彩な球種でかわす投球スタイルに変身。シーズン途中まで最多奪三振争いを繰り広げる投球をした。

巨人・菅野選手(2016年)
巨人・菅野選手(写真=Ship1231/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons

とても器用なのである。この新人の年のクライマックスシリーズでは、あの前田健太(広島東洋→ドジャースなど)、日本シリーズでは田中将大(東北楽天→ヤンキース)といった国内トップクラスの投手に投げ勝っている。

2017年のWBC出場の際も、使用球がMLBのもので滑りやすく投げにくいと苦労する日本人投手が多かった中、菅野は比較的うまく対応していた。

辛口の批評の中にはこうしたものもある。

「剛速球がないので、三振が取れない」

しかし、菅野の投球スタイルを見ると、変化球も大きく曲がるスライダーと素早く曲がる変化球を上手く使い分け、縦のパワーカーブやスプリットも組み合わせるなど、クレバーな投球術が光る。大量得点を許さないといったゲームメイク力、打者や自身の投球を俯瞰的に見る冷静さなどメンタル面の強さも備えている。

これらを踏まえると、今季のようにストレートの強度を保てれば、かつての田中将大や先日、MLB地区シリーズでドジャース相手に2度の快投をしたダルビッシュ有(パドレス)のように1球1球フォームの速さを微妙に変えたり、緩急を生かしたりして強打者を抑えることができるだろう。筆者の見立てでは年間2桁勝利も可能で、入団するチームによってはエース格を張れる。その潜在能力はある。

とりわけ武器になりそうなのが、前述のスプリットである。これまでMLBでは、野茂英雄や佐々木主浩、黒田博樹、岩隈久志、田中将大、大谷翔平など打者の手前ですとんと落ちる球を決め球にした投手は多いが、菅野のそれも負けず劣らず一級品だ。

具体的な数字を見てみるとスプリットの被打率は昨年2割4分3厘だったの対し、今年は1割7分3厘。投げ方も人さし指だけ縫い目にかける握りに変え、「落ちる原理も分かった」と本人が語っているように精度がアップした。フォークの三振数は昨シーズン8(総三振54)から今シーズンは35(同111)と数も割合も大きく増えた。

さらに、今季の投球回数の合計は156回3分の2で、与えた四死球はわずか20と極めてコントロールがいい。投手の能力を示す数値に「K/BB」がある。K=奪三振数を、BB=与四球数で割ったもので、この数値が高い投手は、三振が多く、四球を与えない優秀な投手という高評価を得る。

菅野のそれは2016年で7.27、今季もこれに肉薄する6.94(セ・リーグ1位)という突出した結果を出している。指標の面から見ても完全復活と言っていいだろう。