イメージアップの記事でバッシングは止まるのか

9月17日のデイリー新潮には、秋篠宮家へのバッシングは、「結果的に“あの結婚”を止められなかったことへの世間の不満」であり、「それまで順調に歩んでこられた一家だっただけに」という国民の失望があるのではないかという宮内庁関係者の談話があった。

それを読んで、アッと思った。

眞子さまの結婚騒動が発端なのだから、なんとかイメージアップにつながる記事を出せば、秋篠宮家のバッシングが止まると考えられているのかもしれない。しかしながら、それは逆効果でしかない。

残念なことに、秋篠宮家バッシングの根は、眞子さまの結婚にあるわけではないように思う。あれはたんなるきっかけにすぎないのではないか。私のような皇室ファンで、ずっと皇室をウォッチしている者から見れば、問題の根はむしろ、平成の時代に秋篠宮家が称賛されすぎていたことにあると思われる。まさに「順調」すぎたのだ。

2004年の秋篠宮ご夫妻の発言

平成の御代では、雅子さまが体調を崩された。2004年11月、当時は皇太子であった天皇陛下の「雅子さまへの人格否定発言」のあとの記者会見で、秋篠宮さまは「天皇陛下(現上皇陛下)に事前に相談しなかったことは残念」と現天皇陛下を批判された。また紀子さまも、「結婚してからの生活は、新しく出会う務めや初めて経験する慣習などが多くございました。どのように務めを果たしたらよいか、至らない点をどのように改めたらよいかなど、不安や戸惑いなどもございましたが、その都度人々に支えられ、試行錯誤をしながら経験を積み、一つ一つを努めてまいりました」と、それができなかった雅子さまを暗に批判するとも受け止められかねない発言をされている。

もちろん当時の秋篠宮ご夫妻の発言は、現上皇陛下を「守る」ためのものであると絶賛されていた。しかし現天皇陛下から見れば、なんとか妻を守ろうとして勇気を奮った発言を、弟からまで批判されて、孤立させられるかたちになってしまったとも見えるだろう。何ともお気の毒である。こうした出来事の積み重ねのうえに、現在の秋篠宮ご夫妻への風当たりがあるようにも思う。