完全栄養食だけで健康維持できるか

では、完全栄養食だけを食べ続けて健康を維持することは可能なのでしょうか。私は、現時点では健康を損なう可能性が高いと考えます。

生命を維持するだけなら、栄養バランスのみ気をつければ問題ありませんが、口や消化管が正常に機能するためには継続的に適度な負荷を与えることが必要です。現在の主流である「簡便で食べやすく高度に加工された完全栄養食」のみを食べ続けると、身体機能になんらかの影響が現れることが予想されます。

口の機能については、乳幼児の発達を思い返すと、よく理解できるはずです。初めは母乳や育児用ミルクのような液体の食事しかできませんが、離乳期を迎えるとペースト状、歯が生え揃うと大人と同じようなものを食べられるようになります。これは離乳食から段階を踏んで訓練することで身につけられる機能。液体やゼリーのようにそのまま飲み込める食事を続けていると、正常な発達が妨げられることがわかっています。また大人であっても、固形物の摂取を長期間行わないと咀嚼嚥下機能が低下することがわかっているのです。

赤ちゃんにごはんを食べさせる親
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食事を取ることはトレーニング

また、消化管にも適度な刺激が必要です。流動食のように短時間で消化管を通過する負荷がかからないものばかりを食べていると、消化管が萎縮したり、腸壁が薄くなったりすることが懸念されます。こうして消化管の働きが損なわれると、消化不良や下痢を誘発したり、腸の蠕動運動が妨げられて便秘になることもあるのです。

野菜や果物、豆類やナッツ類は一般に健康によい食品とされますが、よく噛んで食べる必要があり、胃や腸などに適度な負荷を与えるという共通点があります。特に生野菜や生の果物は、口に入る時点ではまだ生きていて、栄養成分は丈夫な細胞壁に守られています。消化吸収に時間がかかることで、栄養成分は緩やかに体内にとりこまれ、消化の難しい成分は腸内細菌の餌になり、それでも吸収しきれないものは糞便の量を増やし、便秘の予防にも役立つのです。

ですから、さまざまな食材や料理を食べることは、健康な体を維持するための適度なトレーニングだと私は考えています。完全栄養食だけの生活は、適度なトレーニング機会を奪いかねないため、長期的に見ると健康を損なうリスクがありそうです。