耳が聞こえない人と音楽を楽しむ
そして、エル・システマの活動のひとつである「ホワイトハンドコーラス」を見たときに衝撃を受けた。ろう者が白い手袋をつけ、メロディーに合わせて手の動きで音楽を表現するもので、コロンさんが見に行ったクリスマス・コンサートでは、観客の3分の1ほどはろう者だった。
みんなが一緒に楽しむ様子を見て、長年もっていた「耳の聞こえない人と音楽を一緒に楽しむことができるのだろうか」という疑問が溶けていった。
「いつか日本でもやりたい」と思い続け、2017年に「東京ホワイトハンドコーラス」、2020年に地域を超えた「ホワイトハンドコーラスNIPPON」を立ち上げた。
ベネズエラの楽団は大人だけで構成されているが、日本では子どもが中心だ。手話を使って表現する「サイン隊」、声で表現する「声隊」が一つになり、ろう者、難聴者、弱視の子ども、全盲の人、車いすユーザーや障害がない子どもも参加する。東京で始めた活動は京都、沖縄にも広がり、いまでは100人近い参加者が毎週末の練習に参加するようになった。
「月」をどう表現するか
声隊のメンバーは曲や歌詞を耳で聞いて暗譜し、練習を繰り返す。そしてサイン隊のメンバーは、まず音楽をどのように表現するかを考えるところからスタートする。
歌の解釈は人それぞれだ。だから対話形式のワークショップを開き、どのように訳すかをみんなで考える。そのようにして作り出した表現は、手話ならぬ「手歌」と呼んでいる。
たとえば「月」をどのように表すか。言葉にすると「つき」とシンプルだが、手話だと三日月なのか満月なのか、低い位置にあるのか高い位置にあるのかによって表し方が異なるため、いくつもの可能性がある。コロンさんは「とっても想像力をかきたてる作業なんです」と楽しそうに話す。
また、手話には方言もある。「水」は、東京では胸の前で波を描くように手を揺らすが、大阪では水を手ですくって飲むようなしぐさ、九州では蛇口をひねるような動きになる。
沖縄では、昔から伝わるウチナーグチ(沖縄諸島で話されることば)の民謡を手歌にして歌い継ぐために、手話方言を残す活動もしている。「音楽は記憶装置でもあるので、民謡を手歌と一緒に歌い継いでいけば、その世代が使っていた手話が生き残っていくのでは、と考えているんです」