「カビゴン」と呼ばれた肥満体型の小6男児
小学6年の中盤に差しかかった頃、先生は廊下で数人の男の子がD君をからかっているのを目撃した。
D君は肥満体型で、教室では『ポケットモンスター』の太ったキャラの「カビゴン」というあだ名を名乗っていた。いつも食べるか寝るかしている癒しキャラだ。この時、男の子たちは、D君にカビゴンの真似事をさせて笑っていた。
先生は見かねて、その子たちを呼んで注意した。
「寄ってたかって意地悪なことを言ったら、いじめになるよ。絶対にそういうことしちゃダメ。いいね?」
子どもたちは一様に不服そうな表情をしていた。何か言いたいことがあるのかと尋ねると、ある子が答えた。
「別に俺たち意地悪なんてしてません。カビゴンだからカビゴンと言ってただけです」
他の子たちもうなずいた。先生は毅然として言った。
「D君はカビゴンじゃないでしょ。D君はD君です。彼の気持ちを考えてあげて」
すると、D君が言った。
「先生、もういいです。僕、カビゴンって嫌じゃないし、普通に遊んでいただけだから」
「そんなキャラを演じなくていいの。みんなもカビゴンなんて呼ばないで、D君をちゃんとD君と呼んでちゃんと付き合おうよ。わかったね。これからクラスでは変なあだ名で呼ばないこと」
子どもたちは面倒臭そうに「うん」と言って去っていった。
「カビゴンキャラ」が心を守る鎧だった
しかし先生の意に反して、翌日からD君は学校を少しずつ休みがちになった。何がいけなかったのか。
後日、先生はD君を呼んで事情を尋ねた。D君は答えた。
「僕、先生にカビゴンをやめろって言われてから、みんなの前でどう振る舞っていいかわかりません。みんなと付き合う自信がないんです」
おそらくこのD君はカビゴンのキャラを演じることで、からかわれても「カビゴンが馬鹿にされているだけ」と考え、なんとか他の子とつながっていたのだろう。
彼にとってキャラは“心を守る鎧”のようなものだった。しかし、先生から教室でそれを禁じられたことで、クラスメイトとの接し方がわからなくなり、学校を休むようになったのだ。
世の中には「ありのままに」とか「本来の自分で」という言葉がもっともらしく飛び交っているが、教室ではそれと反対の現象が起きているのである。