2012年に完成した世界一の高さ634メートルを誇る「東京スカイツリー」。日本建設史上空前の難工事となった現場の知られざるドラマをNHK「新プロジェクトX」制作班が追った。「世界一」の塔を建てるため、施工の責任を負った技術者や前人未踏の高さに挑んだ鳶(とび)たち。そして完成間際、マグニチュード9.0の東日本大震災が発生し、天空の現場で立っていられないほどの揺れに襲われた鳶たちは死を覚悟。そのとき、リーダーが下した決断とは――。

※本稿は、NHK「新プロジェクトX」制作班『新プロジェクトX 挑戦者たち 1』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。

建設中のスカイツリー
写真=iStock.com/winhorse
2010年、建設中のスカイツリー(※写真はイメージです)

東日本大震災の約半年前、ツリーは地上500メートルに達した

2010(平成22)年10月23日、スカイツリーは塔体の最終地点である497メートルに到達した。

シャフトの内部では、すでにゲイン塔のリフトアップが始まっていた。長さ140メートルのゲイン塔は中空で垂直に伸び、重心が高くなればなるほど不安定になる。それを6方向から7段、42個の固定装置で支えながら、シャフトの壁にぶつからないようワイヤーで吊り上げる。ジャッキアップを9カ月間ひたすら繰り返し、北九州の皿倉山より高い634メートルの頂上を目指す。重さ3000トンもの“鉄のお化け”に山登りをさせるに等しい難工事、まさに山場である。

500メートルを超えたスカイツリーを見上げながら、施工計画を立てた大林組の田辺は祈る思いだった。

「この工事が無事に終われば、自分の身はどうなってもいい。工事の途中で自分が潰れてしまうこともあるかもしれない。それでも、誰の力を借りようとも、とにかくスカイツリーが完成してくれさえすればいいと思っていました」

難工事だが、高所を担当する職人もやりがいを感じていた

リフトアップを任されたのは、橋梁の建設現場でよく似た工法を経験している宮地チームである。リーダーの半田の顔つきには自信が満ちていた。

「上に行くにしたがって高さには慣れてきて、もう“怖い”という感覚はなくなっていました。もちろん気は抜けませんでしたが、地上500メートルでも平気ではりの上を歩けた。現場に行くのが楽しみでしたからね。作業が遅れていた頃は、他のチームに気づかれないように小さな声で『おはようございます』って言っていたのが、毎朝、現場中に聞こえる大声で気持ちよくあいさつできるようになっていました」

完成が近づくスカイツリーに対する世間の注目と期待も、日に日に高まっていた。墨田区の調査では、2011(平成23)年の正月をまたぐ年末年始の6日間で、スカイツリーを見学するために建設現場の周辺を訪れた人の数は日中(午前10時〜午後4時)だけで2万8000人。「スカイツリーもうで」という言葉も生まれた。

雅やかなデザインを手掛けた日建設計の吉野も、週に一度は建設現場の事務所に足を運んでいた。

「現場事務所は仮設の塀に囲まれていて、ゲートから塀の外を見ると、いつも大勢の人が建設中のスカイツリーを見上げていた。そのゲートを通ってとびさんたちが作業現場に向かうんですけど、『これを建てているのは俺たちなんだ』という感じで、胸を張って威勢よく出て行く姿が凜々しかったですね」