発音はエイ・エヌ・エイ

今年のプロ野球オールスター第3戦はいわきで開催される。

横山遙香さんは福島県立富岡高校2年生。現在はフランスの姉妹校に短期留学中。将来は英語を使った職に就きたいと思っている。取材時の志望はキャビンアテンダント(CA)。さて、どのような進路を考えていますか。

「日本外国語専門学校のエアライン科に行って、そこでキャビンアテンダントを専攻したいなって考えてます。入れるとは思うんですけど、そのあとはちょっと厳しいかもしれないな、みたいなかんじはしました」

2カ月後に横山さんからもらったメールには、「とりあえず大学で英語を勉強したいんです」と書いてあり、担任の先生から薦められたという首都圏にある2つの私大の名があった。繰り返し書くが、高校生は数カ月でいくらでも変化する。ここでは2カ月前の取材で聞いた話を一旦再現する。日本外国語専門学校は、1970(昭和45)年に日本最初の通訳養成専門校として開校した専門学校。2012(平成24)年度の就職内定実績を見ると、「ANA CA 7名、JAL CA 10名、JALエクスプレスCA 13名、ソラシドエア CA 4名……」と列記されている。横山さんは、どの航空会社のキャビンアテンダントになりたいですか。

「ANAです」

先ほどもそうだったが、横山さんは「ANA」を「アナ」ではなく、正しく「エイ・エヌ・エイ」と発音する。連載取材をしていて覚えたことは、職業意識の芽生えというものは、こういう細かなところで確認できるということだ。さて横山さん、キャビンアテンダントの仕事に就くことができたとき、どこに住んでいますか。

「羽田で勤めたいので、東京とかそこらへんで。いわきを出ること? それは構わないです。親も、高校卒業したら、とりあえず自分の将来の夢に向かって頑張ってくれれば、どこへ行ってもいいっていうかんじです」

東北の高校生には、上京した際にサポートしてくれる首都圏在住の親戚が多い——という事実がこちらの頭にあるので、こう訊いてみた。横山さんも首都圏に親戚が多いですか。

「今回の震災で関東に行った人多いから、震災のあと、増えたかんじです」

横山さんは浪江町立浪江東中学校を卒業したときに富岡高に合格していたが、高校入学直前に震災が起き、原発事故が起きた。富岡高は福島第一原子力発電所から直線距離で約10キロ。通うはずだった校舎は警戒区域の中にある。震災後、親御さんは浪江に一旦帰ったことがあると聞き、こう訊いてみる。どうしても要るものだけは持って来たりはできたんですか。

「もう、家自体ないんで。とりあえず、見に行くだけ」

自宅は津波で全流出した。震災後、一家で宮城県の大崎市に避難した横山さんは、一旦は宮城県岩出山高校に入学し、2年生の4月から富岡高に転校した。父は宮城で働き、中2の妹と小5の弟は、宮城県の学校に通っている。ひとりで浜通りに戻ってきた横山さんが今、通っているのは、いわき市内にあるいわき明星大学に置かれた富岡高のサテライトキャンパスだ。今、同校は、いわき明星大学に加えて、中通りの福島北高、会津の猪苗代高、そしてJFAアカデミー福島の生徒たちが通う静岡の三島長陵高と、4つのサテライト校に分かれている。

最後に坂本さんに訊いたのと同じ質問を横山さんにも投げてみる。横山さん、お墓はどこがいいですか。

「地元が浪江なんで、もう入れないですけど、でも、そこがいいです」