「サマーウォーズ」みたい

ホームにて(JR常磐線いわき駅)。4番線「広野方面」と書かれたシールの下には「原ノ町、仙台」の文字がある。震災と原発事故以来、常磐線は断ち切られたままだ。

坂本健吾さんは平工業高校機械科2年生。将来の志望は保育士。工業高に通う高校生から保育士と訊き、興味が湧く。坂本さん、きっかけは何ですか。

「震災が起きたときに避難所に避難して、2週間ぐらい近所の子どもとか世話してたんです。下は1歳から、上は小4だったかな。いちばん多いときで20人ちょっといました」

子どもの面倒を避難所でみるようになったのは、たまたま?

「たまたまです。それで、保育士いいかなと思って」

たとえば避難所には、じいさん、ばあさんもいっぱいいたわけですよね。じいさん、ばあさんの世話をしていたら、もしかしたら——。

「はい、介護士になったかもしれない。偶然です」

では、震災の前までは何屋になりたいと思っていたんですか。

「それまでは車のエンジニアです。車は趣味でもできるんで」

坂本さんは工業高校に通っている。工業高ですと保育士になろうと思っている友だちはいますか。

「バカにしますね、みんな。『お前、バカじゃねぇの』って……。工業高ですから、機械いじって汚れるのが仕事だっていう考えがあって」

工業高で保育士になりたいと思ったときに、先生たちは、いいアドバイスを何かくれますか。

「くれないですね。知らないし、情報はほぼないです。どういう学校があってといったことは、自分で調べていくしかないです」

2カ月後にメールを送ると、進学先として取材時には名前が出なかった仙台の保育士専門学校の名前が返ってきた。坂本さんは、その後も自分で調べ続けていたということだ。

坂本さんの就職先は、県境を超えますか。

「いえ、県内がいいです。県内の浜がいいです」

「浜」とは福島県を縦に3つに分けた際のいちばん東側=太平洋沿いの「浜通り」のことだ。地元の人はたいがい「浜」という言い方をする。坂本さん、浜に保育士の仕事はありそうですか。

「なさそうですね。浜になかったら県内に拡げて。県内まで拡げればギリギリありそうなかんじはします。それでもなかったら? うーん……そのときは宮城まで」

北に向かうわけですね。茨城とか、東京ではなく。

「南じゃないです。なんか、気分的に。宮城はなんか、人が多いぶん、子どもも多いかなと思って。東京は行きたくないです。人が多いところ嫌いなんです。県内でもできれば西のほう、行きたくないです。山は好きなんですけど、雪が嫌いで」

先ほど「浜通りに仕事はありそうですか」と訊いたのは、そこが津波の被災地であり、福島第一原子力発電所事故の被害地——すなわち、人口が減った土地だからだ。坂本さんは、福島第一原発まで直線で15キロメートル南にある楢葉(ならは)町立楢葉中学校の卒業生だ。

「家は今は避難準備区域です。警戒区域は解除されて、時間制限の中で家に帰ったりはしてますけど、住むことはまだできないっていう状況です。家自体は地震でちょっと崩れているだけなんですけれど、家がある場所が山奥の吹き溜まりなんで、線量がめちゃめちゃ高いです。数値はよくわかんないですけど」

坂本さんのお父さんは原子力発電所の現場監督(現在は東京に出張中)、お母さんは平で原子力発電所作業員を管理する仕事をしている。坂本さんはいわき市に母方の祖母、父、母、中1の弟と暮らす。他に千葉に暮らす長兄、結婚した次兄がいる。男4人兄弟なので「食べ物に関しては全員均等ではなく弱肉強食」だったと笑う。

4人の男兄弟、避難所の20人の子どもたち——坂本さんから話を聞いていると、それが将来の仕事のことであれ、自身の環境であれ、そこに多くの「ひと」が居る絵が浮かぶ。ぜひ坂本さんに訊いてみたい質問がある。坂本さん、自分が入る墓はどこがいいですか。

「墓はやっぱり楢葉がいいです。楢葉の家っていうのは、曾々じいちゃんの代から100年以上ずっと続いてるんです。おじいちゃんの兄弟も、その家に住んできた人たちも、みんな同じお墓に入ってるんです。やっぱり自分も、先祖代々入ってる墓に入りたいって思います。生きてる親戚も、みんな福島県の浜のほうにまとまってるんですよ。だからほとんどの親戚が、原発が爆発したあといわきのほうに逃げました。爆発のすぐあとは、親戚みんながいわきの家一軒にまとまってたんですけど。そのときのピークが、1カ月間27人(笑)。バラバラだと、何かあったとき助け合えるので、親戚同士は近いほうがいいと思ってます」

この連載取材では、何人かの高校生に「自分が入る墓はどこがいいですか」と訊いている。墓そのものの話以上に、彼ら彼女らの郷土意識が知りたくて訊いている。ほとんどの高校生が「そんなこと考えたこともなかった」という表情で初めて考え始めるのだが、坂本さんは言い淀むことなく、自分の人生が終わるときの場所について答えてくれた。聞きながら、取材に同席した高校生がぽつりと言う。

「『サマーウォーズ』みたい」

2009(平成21)年公開のアニメーション映画(監督・細田守)だ。巨大なコンピュータ・システムと人間が戦う話ではあるのだが、舞台は信州の田舎町。90歳になるおばあちゃんの誕生日を祝うべく、26人の親戚が一堂に集まることで物語が動き出す。「『サマーウォーズ』みたい」と言った声は、ちょっとうらやましそうに聞こえた。