信長自身は健康でタフ、さぼる人の気持ちが理解できなかった
織田信長が少々の怠慢やミスさえ許せなかった理由の1つに、信長が病気になることもなく頑強で、またたいへん勤勉でもあったため、弱い人の気持ちや過ちが理解できなかったことがあるのではないかと想像します。
戦国武将の病気の記録はたくさん残っているのに、これだけ有名な信長の病気に関わる記録はありません。
信長は、天下統一を目指す拠点とした岐阜城と、ふもとの住居との間を1時間半かけて日常的に往復し、さらに現在の10階建てビルに相当する安土城の階段も日々上り下りしていました。
このような日ごろの鍛錬もあってか、病気にならないほど頑強なフィジカルの持ち主だったのです。
また、朝も明けがたには起き、『信長公記』を読んでいると、常に働いているくらいに勤勉でもありました。
現代でも、頑強で、勤勉な経営者や管理職ほど、当然の権利であるにもかかわらず、部下が休暇や休憩をとったりすることを快く思えなかったりする面があります。私がコンサルティングで携わった経営者や管理職にも、病気で休みをとることさえ怠けていると捉えてしまい、自分が休みをとらないことを誇りであるかのように振る舞う人が少なからずいました。
部下が休むと「なんで休むんだ」と責めてしまうパワハラ上司
部下が休むと、「なんで休むんだ」と、いまならコンプライアンスに抵触するような指摘をするケースもありました。
そういう上司が組織を支配していると、病気になっても有給休暇がとりにくい状況が生じてしまいます。そんな会社が、世の中に価値ある商品やサービスを継続的に提供することができるのでしょうか。
社員たちは萎縮し、疲弊し、顧客の気持ちを考える余裕もなくしてしまいがちです。そういう組織は、往々にして社員の定着率が低く、有能な人材が他社に流出してしまいがちでもあります。
会社は株主のものではありますが、一方で実質的に収益を生み出す社員のものという一面もあると思います。
そういう見地からすると、社員が幸せになることが、世の中に価値ある商品やサービスを提供することにつながり、その見返りとして収益を得られ、会社を繁栄させるというのが真理だと思うのです。