それまでは1日2、3回程度、日によっては4回ほど行政ヘリが飛んで捜索が実施されていたが、警察と消防による捜索は前日で打ち切られていた。ヘリによる捜索も当然、打ち切られたはずだが、「この日もヘリは飛んでいて、上空を通過していった」と横田は言う。実際にどこかのヘリが飛んだのかどうかはわからない。あるいは幻覚だったのかもしれない。ヘリが来るたびに、木の枝に白いTシャツを引っ掛けたものを振り回して合図を送った。しかし擦り傷と切り傷でぼろぼろになった手では木の枝を持っているだけでも辛く、振るのを諦めてそばに立てかけておいた。
7日間ずっと履きっぱなしだった靴は雨や汗などでぐちょぐちょになっていて、無性に脱ぎたくなった。指先も傷だらけだったので、靴紐を解くのに苦労したが、なんとか脱いで久しぶりに裸足になった。それはぶにゅぶにゅと腫れてシワシワになっており、とても自分の足だとは思えなかった。触れると痛く、立つこともできなくなった。
死ぬことを真剣に考えたのはこの日の昼ごろだった。それまでは、小便をするときにはちゃんとパンツを下ろしていたのだが、この日はパンツを下げることができずに、履いたまましてしまった。それがとても惨めに感じられ、「ああ、もうダメだな」と思った。
死ぬとしたら、どんな方法がいいのか。この林道から飛び降りるか、舌を噛むか、石で頭をかち割るか。でもやっぱり楽な死に方のほうがいいよなとも思った。
朝、水筒に汲んだ水も、いよいよ残り少なくなってきた。湧き水があるところまで行く力は、もう残っていなかった。
「この水がなくなったら、やっぱり林道から飛び降りるか」
林道脇に横たわった状態でそんなことを考えていたときに、「動くな! 大声で叫べ」という声が聞こえてきた。車やバイクの音、人の声などの幻聴がずっと聞こえていたので、「これも幻聴だな」と思った。だが、大声で「叫べ~」という声が聞こえ、続いてカンカンカンカンという鐘のような音がした。
「あれ、今までの幻聴とは違うな」と思い、「おーい」と叫んだら、3人の人が林道をこちらに向かって歩いてくるのが見えた。もう一度「おーい」と叫ぶと、彼らは「よかったぁ~」と言いながら近づいてきた。それまでにも何度か救助される夢を見ていたので、「これも夢なんだろうな」と思いつつ、「助けてください」と声に出した。すると、すぐそばまで来た3人のうちのひとりが、こう声を掛けた。
「横田さんですか。桂子さんが心配していますよ。家に帰りましょう」
妻の名前を聞いて、「これは夢じゃない。現実なんだ。助かったんだ」と思った。そのとたん、涙が溢れてきた。声を上げて泣いたのは、遭難して初めてだった。
発見された時刻は午後2時半ごろ。発見者はボランティアで捜索してくれた人たちであることをあとで知った。
ボランティアはその場から消防に「遭難者発見」の一報を入れ、防災ヘリが現場に来ることになった。