夕方には帰るはずが、6日間行方不明に…「絶対にあきらめない」山で遭難した夫を探すために妻がとった“意外な手段”(羽根田 治/Webオリジナル(外部転載)) 『ドキュメント生還2 長期遭難からの脱出』より#3

左足の傷に「ハエのような虫がびっしり…」崖から滑落→遭難した30代男性が山中をさまよった“恐ろしい6日間”〉から続く

山は恐ろしい。遭難救助にヘリコプターが活用されるようになり、位置情報検索システムが実用化された現代でも、まるで神隠しに遭ったかのように行方がわからなくなる遭難事故がときたま起こる。

ここでは、長期遭難を生き延びたサバイバーにフリーライターの羽根田治氏が話を聞いた『ドキュメント生還2 長期遭難からの脱出』(山と溪谷社)より一部を抜粋。九州・国見(くにみ)岳で起きた6日間に渡る長期遭難の事例を紹介する。

2022年8月10日、横田慎二(仮名・38歳)さんは国見岳に登頂した後、「自分はペースが遅いから」と同行者2人を置いて、1人で下山を開始した。ところが登山道を見失った上、崖から滑落。左耳と左足に怪我を負い、そのまま山の中を6日間も彷徨い続けた。一方、彼の妻は――。(全3回の3回目/最初から読む

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夫からではなく、警察署からの電話

8月10日の朝、夫が家を出ていったとき、妻の桂子(仮名)はまだ眠りのなかにいた。登山に行くということは前日に知らされていたので、起きて姿がないことを認め、「あ、もう行ったんだ」と思った。

桂子自身には登山の経験はなく、夫の登山についてはハイキングのようなものだろうというイメージを持っていた。夫がこれまでに山に行ったときは、夜になればなにごともなく帰宅していたし、今回もふつうに山に登って、ふつうに帰ってくるものだと思っていたから、なにも心配はしていなかった。

この日は娘の習いごとがあり、夕方に迎えをお願いしていたが、「帰りは夕方ぐらいになる。もしかしたら間に合わないかもしれない」とも聞いていた。いちおう、間に合わなかった場合に備えて、自分もすぐに動けるように準備はしておいた。そして夕方6時になり、なにも連絡がなかったので、「あ、やっぱり間に合わなかったんだ」と思い、娘を迎えにいって帰宅した。

ところが、7時になっても連絡は入ってこなかった。それまでは、遠方で仕事があって帰るのが遅くなるような場合は、必ず連絡があった。

「あれ? これはちょっとおかしいな、と。『どこにいる~? 夕方帰るんじゃなかったっけ~?』と思い、電話をかけたりLINEを送ったりしました。もしかしたら疲れて車の中で寝ているのかな、などと想像が膨らんでいきました」

夜9時ごろになって、ようやく電話がかかってきた。しかしそれは夫からではなく、八代警察署からの電話だった。

「横田慎二さんの奥様ですね」

そう言われた瞬間、なにが起きたのかをほぼ察してしまった。

この日の昼過ぎ、国見岳の山頂からひと足先に下りはじめた横田のあとを追い、同行者の2人はおよそ10分後に山頂をあとにした。しかし、いくら下っていっても横田に追いつかず、そのまま車を停めたところまで下りてきてしまった。先に下山した横田はそこで着替えでもしているのだろうと思っていたが、彼の姿は見当たらない。しかも横田の車は停めたままである。