空前のBEVブームにも流されなかった男
自動車会社の人や業界通が「べヴ、べヴ」と言い出したのは2020年頃からだ。べヴとはBEV。つまり、バッテリーEVのこと。電動車(EV)のカテゴリーにはBEVのほか、HV(ハイブリッド・ヴィーイクル)、PHEV(プラグインハイブリッド・ヴィーイクル)、FCV(燃料電池車)とある。うちひとつがべヴで、エンジンはなく、バッテリーがパワーの源だ。
2020年頃から世界中で環境規制とEVの販売目標が語られるようになり、「これからはバッテリーEVの時代だ。ICE(インターナル・コンバッション・エンジン)の車はなくなる。ハイブリッドもなくなる」と言われるようになった。
当時、オートショーを訪ねると、ひとりの業界通が「やっぱりべヴだろう」と語る。もうひとりが「そうですね、べヴですよね」とうなづく。「べヴだべヴだ」と語り合って悦に入り、意気投合していたのである。
その時、ただひとりだけ言わなかった男がいた。「お客さまの必要な車を作る。すべての車種を開発する」と発言していたのがトヨタの社長(当時)、豊田章男だ。ひとりだけ、全方向の開発(マルチパスウェイ)を主張していたこともあって、「トヨタはEV開発に遅れている」と評された。
しかし、2024年になって、BEVをとりまく状況は一変した。それは2023年、世界でいちばん大きい自動車マーケット、アメリカでハイブリッドカーがBEVの売れ行きを上回ったからだ。
米国でHV車、PHEV車の販売台数が83%増加
2023年のアメリカ国内におけるハイブリッドカーの販売台数は124万台。前年に比べて65%の増加だ。一方、テスラを主とするBEVの販売台数は107万台。前年に比べて51%の増加ではあるものの、ハイブリッドカーよりは伸びに欠ける。
アメリカでトヨタは20車種以上のHV車、PHEV車を提供していて、販売台数の3割近くはHV車だった。なお、今年の1月と2月、トヨタのアメリカでの販売台数は20%増加した。それは同社のHV車、PHEV車の販売台数が83%も増えたからだった。
以来、自動車関連のオンラインメディアには既存自動車会社の一部がHV車の生産について見直して、拡充するという記事が毎日のように載るようになった。
メルセデスベンツはこれまで2030年までに内燃機関の車を製造することを止めると決めていた。それを方向転換して目標を5年延期し、さらに2030年代でも内燃機関の車、ガソリンエンジン車を出す予定に変えた。フォードは今後のEV全体の生産目標を引き下げ、EV用バッテリーの生産工場の建設を遅らせると決めた。
「多くの消費者がHV車に興味を持っている」と語ったのがフォードのジム・ファーリー(CEO)だ。彼は2023年の夏「今後5年間でHV車の販売台数を4倍に増やす」と表明している。GMはHV車の販売を中止していたが、BEVのいくつかのモデルを導入することを延期し、販売店の強い要望があるHV車、PHEV車の再導入を計画している。