直球勝負の人

インターネットで保険を売るというアイデアも、出口さんはロジカルなステップを1つひとつ重ねながら導き出している。ライフネット生命のビジネスのアイデアは、日本生命時代に出口さんが感じていた素朴な疑問が端緒になって出てきたものだ。

出口さんの見たところ、日本生命の総合職の多くが、自社が販売する個人保険ではなく、「Bグループ保険」に加入していた。保険料の安い拠出型の団体定期保険である。保険のことをよく分かっている日生の人々が自社の保険商品を買っていない。考えてみるとおかしな話だ。

Bグループ保険は大企業か大官庁の職員でないと加入できない。当時の出口さんは、Bグループ保険のような仕組みの保険をあまねくすべての人々にバラ売りできる仕組みはないものかと考えた。あるとき、アメリカでインターネットでの保険販売が始まったという記事を目にした出口さんは思いついた。営業スタッフによる販売部隊をネットに置き換えれば間接費を圧縮でき、Bグループ保険のバラ売りが可能になるのではないか。

出口さんはこのアイデアに「e-life」という名前をつけ、本腰を入れて出資者を探すことまでした。しかし、当時つながりがあったほとんどの事業会社の筆頭株主が生命保険会社であったこともあり、「アイデアは面白いが……」というだけでどこも乗ってこない。その反応を見て、出口さんは「機が熟していない」とあっさりと諦める。2001年秋のことだった。

いくら論理的に考えて正しいことであっても、風が吹いていなければ凧を揚げることはできない。「風が吹くまで待てばいいし、風が吹かないならそれもまた運命」と、出口さんはあっさりしたものである。論理はあるが、力みはない。あくまでも自然体で構えに無理がない。出口さんのスタイルには、すごくいいダシが効いているにもかかわらず、一見透明にみえるスープのようなコクがある。

ライフネット生命は、冒頭で紹介した、「3のビジョン」から始まって、徹底した消費者目線の正攻法でやってきた。本書のタイトル通り「直球勝負の会社」である。戦略にしても論理的に当たり前のことばかり。斬新なアイデアや先端技術を強みとしているわけではない。出口さんが目をつけた「Bグループ保険」にしても、前からあったものだし、インターネットにしても誰もが低コストを可能にするインフラとして思いつく。「インターネットで便利でシンプルな保険商品を安く売る」という戦略ストーリーは、「最強のエコシステムをビッグデータで構築する画期的なクラウドビジネス」(?)といった、新奇さや派手さとは無縁だ。

「カーブやシュートが大嫌い」というのが出口さんという人だ。商品にしてもど真ん中の直球一本勝負、どうせやるなら定期死亡保険だと決めていた。新しく保険会社をつくるとなったとき、もっとユニークでニッチな商品を軸にした「凝った戦略」を勧める人が多かったそうだ。実際、創業のパートナーとなった岩瀬大輔さんの初期の構想は、ニッチな損害保険をネットで売ることだった。ゼロから小さなスケールで始めるベンチャー企業であれば、なるべく競争がないようなところに商売をもっていくというニッチ戦略を狙いたくなるのが普通だ。しかし出口さんが選んだのは、定期死亡保険。どこの保険会社も主力としている商品だ。ニッチの対極にあるど真ん中。来るなら来い、正面から勝負するという構えである。

ライフネット生命の創業時にビジネスモデルを投資家に説明するとき、出口さんはいつも「ベンチャー企業が成功する5つの要因」を最初に話したという。

(1) 市場の規模が大きいこと。
(2) 商品・サービスに対する消費者の不満が大きいこと
(3) 凧を揚げる風が吹き始めていること
(4) ライフネット生命は、インターネット販売による「わかりやすく安くて便利な商品・サービスの提供」という明確なソリューションを持っていること
(5) 参入障壁が高いこと

この5つ要因のうちライフネットの戦略にかかわるものは4番目のみ。あとはすべて誰が聞いても「その通りですね」というような、ごく一般的な外的環境の話だ。凝ったり捻ったりしたところは全然なく、まさにストレート。

出口さんたちは、ライフネット生命がこの5つの要因をすべて満たしていることを前面に出して出資を募った。出口さんは日生時代MOF担を務めたり、外資系金融機関に出資したこともあって、幅広い人脈をもっていた。しかし、「これまでの人間関係に頼るのではなく新会社の構想を全面に出そう」。これが出口さんの一貫したスタンスだった。

自分たちがチャレンジするのは、公共性の極めて高い生命保険会社であって、単なるベンチャーではない。だとすれば、すぐに協力してくれる株主よりは、はじめの敷居が高くても、企業理念を共有してくれる事業会社にこそコアの株主になってもらう必要がある。「生命保険が提供するべき本質価値は何か」「公共性とは何か」をロジカルに突き詰めた結果、直球勝負で出資者を募るという結論に行き着いている。