「虹彩をスキャンし、全人類に暗号通貨を支給」「ニュージーランドで世界の終末に備える」“チャットGPT”サム・アルトマンのヤバい革命思想(橘 玲/文藝春秋 2024年4月号)

シリコンバレーの起業家たちはテクノロジーを武器に世界を変えつつある。その一人、「オープンAI」共同創業者であるサム・アルトマンの「革命思想」に『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)の著者で作家の橘玲氏が迫る。

一時、オープンAIから追放されたサム・アルトマン ©AFP=時事

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サム・アルトマンは1985年にミズーリ州セントルイスで生まれ、皮膚科医の母から8歳のときにアップルコンピュータをプレゼントされたことで、スティーヴ・ジョブズが「アイドル」になった。州内の私立学校を卒業したあと、スタンフォード大学のコンピュータサイエンス科に入学したが1年で中退、位置情報ベースのモバイルアプリを開発する会社を創業し、ベンチャー投資ファンドや暗号通貨「ワールドコイン」の発行を手がけたのち、イーロン・マスクなどから投資を受けた生成AIの開発企業「オープンAI」のCEOに就任した。

オープンAIはマイクロソフトと提携した対話型人工知能「チャットGPT」で近年のAIブームを牽引し、アルトマンは世界でもっとも有名な起業家の一人になった。ところが2023年11月、オープンAIの理事会がアルトマンをCEOの座から突如解任、わずか5日後にCEOの職に復帰するという事件が起きる。――この椿事についてはあとで述べる。

そのアルトマンは2023年7月、共同で設立した「ワールドコイン財団」のプロジェクトとして、オーブ(Orb)というバレーボール型の機材でユーザーの虹彩をスキャンするイベントを日本を含む世界20カ国で実施し、注目を集めた。しかしなぜ、暗号通貨にユーザーの虹彩情報が必要なのだろうか。それはアルトマンが、全世界の80億人にワールドコインで「ベーシックインカム(BI)」を支給するという壮大なビジョンを描いているからだ。

人間と区別がつかない会話能力をもつAI「チャットGPT」を開発したアルトマンは、コンピュータの能力が人間の知能を超えるようになれば、ほとんどの労働は機械によって代替されると考えている。だがそうなると、取り残されたひとたちはどうすればいいのか。

このディストピアをユートピアへと反転させるために、アルトマンは大胆な構想を掲げる。機械が働いて得た収入を原資に毎月一定額のBIを受け取り、それでゆたかな暮らしができるのなら、誰も「無用者階級」になどならなくていいのだ。

世界の終末に備える「プレッパー」

テクノ・リバタリアンとは世界規模のテクノロジー企業で実権を持ち、数理的・合理的な思考に長けた者たちのことで、イーロン・マスクや決済システム「ペイパル」を創業した連続起業家であるピーター・ティールはその典型である。イーロンらを「第一世代」とするなら、アルトマンらの「第二世代」の特徴は、いじめのようなネガティブな個人史がほとんどない(すくなくとも語られない)ことだ。

アルトマンは私立高校で保守的なキリスト教徒のグループが性的多様性についての集会をボイコットしたとき、全校生徒の前で自分は性的マイノリティだとカミングアウトし、「この学校を抑圧的な場所にしたいのか、それとも異なるアイデアに開かれた場所にしたいのか」と問うた。