報道によると、今回の解任劇の前に、オープンAIの研究者の数人が、人類を脅かす可能性がある強力なAIの発見について警告する書簡を理事会に送っていた。このAIは「Q*(キュースター)」と呼ばれるプロジェクトで、これまでは困難とされていた論理的思考ができるようになったとされる。

あまりに速い開発ペースに危機感をもった社外取締役が、巨大プラットフォーマー(マイクロソフト)と組んでAI開発に前のめりになるアルトマンと対立した。これにシンギュラリティ(技術的特異点)が災厄を引き起こすと懸念する創業メンバーが同調して、「クーデター」が起きたとされる。

ただし、いくら「人類のため」といっても、最大の出資者であるマイクロソフトを蚊帳の外に置いたばかりか、従業員とも相談せずに決めた“暴挙”が強い反発を引き起こすのは当然だった。社員たちは持ち株会社を通じてオープンAIの株式を保有しており、混乱によって会社が破綻・消滅するようなことになれば多額の資産を失ってしまうのだ。

こうして770人の社員のうち約730人が理事会に対して、総退陣とアルトマンの復帰を求める文書を提出する事態になった。外堀を埋められた社外取締役たちに抗う術はなく、CEO復帰と理事会の刷新を受け入れるほかなかった。

この事件の詳細はいまだ不明な部分もあるが、ひとつだけはっきりしたことがある。AIの開発を極限まで推し進めようとする「加速主義者」のグループと、加速した技術が人間の管理能力を超えることを警戒する「破滅主義者」のグループは今後も衝突を繰り返すだろうが、最終的にどちらが主導権を握ることになるかということだ。それは、今回の解任劇とアルトマンの復帰によって完全に証明された。

ベーシックインカムの弱点

AIが人間の知能を超え、ほとんどの労働者が無用者階級になる。そんな未来で人類が幸福になれるような仕組みをつくることはできないだろうか。サム・アルトマンはこの壁を、「ユニヴァーサル・ベーシックインカム(UBI)」によって超えようとしている。

経済格差をなくすためにベーシックインカム(BI)の導入を唱える左派の論者はたくさんいるものの、彼らの主張には決定的な弱点がある。「そのお金は誰に支払うのか」という問いに答えることができないのだ。

日本国のBIであれば、それを受け取る権利があるのは当然、「日本人」になるはずだ。しかしそうなると、何世代にもわたって日本に生まれ育ったにもかかわらず、在日韓国・朝鮮人は「外国人」なのだから、BIの受給資格がなくなってしまう。

ベーシックインカムが排外主義の道具になることを指摘したのが作家の李龍徳(イヨンドク)で、近未来の日本を舞台にした『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』では、「日本ファースト」という保守政党の女性総理が、リベラルな政策を掲げる一方で、嫌韓の風潮に乗って、ベーシックインカムの支給対象から在日を除外することを訴えて支持を集める――。

アルトマンはとてつもなく賢いので、当然のことながら、この「誰が受け取るのか」問題に気づいている。だからこそ、地球上のすべての人間に暗号通貨でUBIを支給することを目指しているのだ。

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