断片的な文章を読むことにも価値はある

【井上】そう思います。親が言葉に触れない生活をしているのに、子どもにだけは本を読ませたいというのはなかなか難しいのではないでしょうか。

【加藤】親がずっとスマートフォンばかりを見ていたら、子どもも見てしまいます。

【井上】では、スマートフォンのネット記事やSNSの投稿を読んだりすることは読書と見なせないのか? という議論が出てくるわけです。1冊の本を読むことと断片的な文字情報を読むこと、どちらにも価値があると思うのですね。

【加藤】確かに現代は娯楽があふれていて、五感を刺激するメディアやコンテンツに囲まれていますから、親自身もそちらに流れてしまいがちです。でも、文字情報だけから得られる、自分の頭の中で想像する世界の楽しさがあると思います。私は、現代の作家さんたちが小説の世界でがんばっていることにすごく励まされます。今、自分が置かれている世界とは全く違う世界を、文字の中で体験したり想像してみたりするのはとても豊かな時間です。

スマートフォンを操作する子ども
写真=iStock.com/Wako Megumi
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「本を1冊丸ごと読むこと」の価値を説明できるか

【井上】あとは、どんなジャンルであれ、1冊丸ごと読むことの価値を大人が説明できるかどうかが重要です。たとえば、最近では見開き2ページで一つの項目が完結しているようなつくりの本を書店でよく見かけますが、ああいう本を1冊読むことと、小説を1冊読むことは全然違いますよね。

「なぜ本を1冊丸ごと読まないといけないのか」と子どもから問われたときに、国語科の教員としては、授業で使っている教科書にしろ受験の問題集にしろ、みんなが読んでいるのは切り取られた文章だということ、一つの作品を丸々味わう機会はみんなが思っているほど多くはないということを伝えたいですね。授業や受験で触れている文章で事足りていると思わないでほしいと。もっと広い言葉の世界があって、作家はもっと広い視野で作品全体を構築しているわけで、それを体感する機会は学校にはほぼないんだ、ということをしっかり教えてあげる必要があります。

【加藤】長い文章が苦手な子であれば、星新一さんのショートショートから入ってもらうことを試すのはどうでしょうか。自分たちが生まれるよりずっと前の人が、今の世の中のことをこんなに想像していたのかと思うとわくわくする気がします。

【井上】いいと思います、その子が納得しているのであれば。