女性は自転車と一緒に30m引きずられた

罪名は「過失運転致死」。被告人(以下、B男)は、中年男性だ。法廷には遺族が数人いて、みな表情が重く厳しい。こういう裁判の被告人は黒スーツに暗色のネクタイが多い。けれどB男は、赤い縁取りのあるフリースに、洗いざらしのジーンズ。遺族の気持ちとか服装とか、気にしないタイプらしい。

被害者は年配女性だった。自治会の役員で、盆踊りの重要な踊り手だったという。自室に引きこもりがちな熟年者を誘い、いつも優しく笑顔だったという。ある午後、自治会の何かを印刷に自転車で出かけ、青信号の横断歩道をわたった。B男は大型トレーラーを運転し、やはり青信号で左折した。女性に気づかず衝突。転倒させ、自転車もろとも30mほど引きずった。遺族はこう述べた。

「ハネてすぐ止まれば助かったのに、怒りと悔しさ、八つ裂きにしたい。被告人には反省のかけらも感じられない。他人事のような言い訳を……今の法律で科せる最大の刑罰を与えてください!」

過失運転致死罪の「最大の刑罰」は懲役7年だ。しかし求刑は禁錮2年。判決は禁錮2年、執行猶予5年だった。赤信号無視とか違反がなく、死亡が1人なら、こんなものだ。執行猶予は要するに「おとなしくていないとヤバイ期間」であり、5年が最大だ。したがってこの判決は重いほうといえる。

※懲役より禁錮のほうが法律的には軽い。

事故は「青信号の横断歩道」でも起こる

ついうっかり、不注意、それは人間に付きものといえる。年2回の交通安全運動で、警察官の姿を、また交通取り締まりのシーンをよく見かけ「ああ、注意しなきゃなあ」と思っても、長続きしない。ついうっかりの事故は、取り締まりでは防げないと私はつくづく思う。想像力が欠如したムチャクチャ野郎たちは、取り締まりなどそもそも意に介さないし。

じゃあ、どうすればいいのか。私は、交通事故の裁判を傍聴し始めて間もなく、ひどく驚いたことがある。裁判の法廷へ続々と出てくる交通事故の、そのほとんどは、青信号の横断歩道上で起こっているのだ。なぜ?

前述のとおり、ついうっかりな車が、いては困るんだけど、どうしてもいる。そして、歩行者たちは「青信号の横断歩道は聖域」とすり込まれている。洗脳されている。耳にイヤホン、手にスマホで横断する者もいる。そんな歩行者と、ついうっかりの車と、進路が重なる、そういう事故が次から次へと法廷へ出てくるのだ。