人の名前が出てこないなど、物忘れの多さは認知症の前兆なのか。藤田医科大学客員教授で代謝機能研究所所長の今井伸二郎さんは「物忘れには病気が原因で起こるケースもあるが、単なる物忘れは年齢とともに増加する。また、単なる物忘れが多い人が認知症に移行しやすいという学術的データもない。物忘れは脳の神経細胞の一つのみが失われるが、認知症は脳細胞の塊が失われてしまうため、出来事全ての記憶が失われる」という――。

※本稿は、今井伸二郎『最新科学で発見された正しい寿命の延ばし方』(総合法令出版)の一部を再編集したものです。

こちらを見ているひげを生やした高齢男性
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神経疾患に効果的な医薬品は少ない

脳・神経は体の全ての器官を制御・維持するために必要不可欠なシステムです。運動はもとより感情・情緒・理性などヒトの精神活動においても重要な役割を果たしています。老化により脳・神経機能は衰え、認知症などの疾患が発症してしまいます。

知的活動に神経が深く関与していることは広く知られていますが、神経細胞においての具体的な役割はあまり分かってはいません。このため、認知症やうつ病などの神経疾患には効果的な医薬品も少なく、製薬会社も二の足を踏む分野になっています。というのも、効果を確認するための評価方法が少なく、特に細胞を用いた評価系が少ないので、動物モデルによる試験に頼らざるを得ないためです。

神経疾患を評価するための動物モデル試験は行動薬理試験といって、動物の記憶や学習能を、その行動から評価します。例えば、迷路試験。うまく通り抜けると餌が得られるような迷路を作り、この迷路に同じ動物を通し、餌に到達できる時間が短縮できるかどうかを記録することで学習能を評価します。

このように、動物の評価は手間がかかり、評価には試験者の経験が必要で時間もかかるので、神経疾患に対する食品成分の評価は難しいといわれています。

しかしながら、このような状況にもかかわらず、食品成分での神経疾患の予防を期待する声も強く、一部の研究者によりその可能性を模索する努力がなされています。そこで、この項目ではそれら研究の成果について解説します。

脳神経疾患について

まずは、脳神経疾患についての概略です。

神経系とは、神経細胞(ニューロン)が連続し形成される神経を通して、外部情報の伝達と処理を行う動物の器官の総称です。

神経系のうち、脳神経とは脊椎動物の神経系の器官であり、直接脳から伸びている末梢まっしょう神経の総称を指します。

これに対し、脊髄から伸びている末梢神経のことを脊髄神経とよびます。ヒトなどの哺乳類の脳神経は左右12対存在し、それぞれに三叉さんさ神経、迷走神経などの固有の名称が付けられています。これら神経系に器質的な異常が生じ、その結果精神活動に影響を示してしまうのが、脳・神経疾患です。

脳・神経疾患には機能性疾患である、認知症、パーキンソン病(本書では認知症に含めます)、うつ病、てんかんなどがあります。一方、脳血管障害疾患として脳梗塞、頸部けいぶ頸動脈狭窄きょうさく症、くも膜下出血、もやもや病などが挙げられます。

認知症の代表的な疾患がアルツハイマー型認知症です。アルツハイマー型認知症は認知症の中で一番多いとされており、男性よりも女性に多く発症します。

また脳血管障害性認知症の患者数があまり増加していないのに対して、アルツハイマー型認知症は明確な増加傾向があります。発症年齢による分類で65歳を境に早発型と晩期症型(65歳以降)とに大別されます。

早発型のうち18歳~39歳のものを若年期認知症、40歳~64歳のものを初老期認知症といいます。早発型アルツハイマー型認知症は通常の認知症とは異なり、遺伝性の疾患であり、常染色体の優性遺伝を示す家族性アルツハイマー型認知症です。