超巨大地震「南海トラフ地震」について、政府は「30年以内に70~80%の確率で起きる」と予測している。ところが、この数字はまったくのデタラメだった。なぜ南海トラフ地震だけが「えこひいき」されてきたのか。この問題をスクープし、『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)にまとめた、東京新聞の小沢慧一記者に聞いた――。(前編/全2回)

地震学者は「信頼できない数値」と考えている

「『南海トラフの発生確率が水増しされている。その数字、意味ないよ』って、取材先の名古屋大学・鷺谷さぎやたけし教授(地殻変動学)から聞かされたときは耳を疑いました」

小沢慧一『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)
小沢慧一『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)

2018年、防災担当だった小沢記者は、南海トラフ地震の30年以内発生確率が、2013年評価の60~70%から70~80%に引き上げられるという情報を得て、鷺谷教授にコメントを求めた。ところが、鷺谷教授は「南海トラフの確率だけ『えこひいき』されている」として、こう答えた。

「他の地域とは違う計算式を使っているから、全国で統一された計算式を使うと、確率は20%に落ちるんだよ。地震学者たちはあれを『信頼できない数値』だと考えている。あれは科学と言ってはいけない」

これがスクープのはじまりだった。

【図表1】中部地方の海溝型地震の発生確率
政府の地震調査研究推進本部がHPで公表している中部地方の海溝型地震の発生確率。南海トラフは「70~80%」とされている。

南海トラフだけに使われる「時間予測モデル」

鷺谷教授は、2013年に南海トラフの確率の算出方法を見直すことを検討していた地震調査委員会海溝型分科会の委員を務め、長期評価に関わっていた。その後、政府の委員を辞し、さらには地震学会のしがらみからも一線を引き、地震科学を追求する一科学者としての立場を自ら選んだ人だった。その人物の発言には重みがあった。

当時の地震調査委員会で地震学者たちは、全国で統一された計算方法を使って南海トラフの発生確率を20%に改訂する案を推していた。だが、分科会より上位にある政策委員会が「いまさら数値を下げるのはけしからん」と猛反発。地震学者たちがまとめた意見は一蹴された。