トップセールスの真似をするのは成果につながらない

では、なぜ抽象化すると「鋭い洞察」を得られるのでしょうか。言い換えれば、「共通点を見つけること」が、なぜ「鋭い洞察」と結びつくのでしょうか。

それは、「鋭い洞察」というものは、「成功例の共通点」から導き出されるからです。例えば、新人の営業社員が、一日も早く「売れる」ようになるために、自社の売上成績No.1のトップセールスのやり方を真似することはよくあると思います。

しかし、それだけでそうそう成果が出るものではありません。No.1のトップセールスが「ハキハキと元気なタイプ」だとしたら、それを真似ればいい、という考えです。これはまさしく「安易な解決策」と言わざるを得ません。

なぜこれでは成果は出ないのでしょうか。一つの例だけを見て、その表面をさらっているだけだからです。

よくよく考えれば、営業成績のよい人の中には「物静かなタイプ」もたくさんいます。そういった方々も成果を出しているという事実を無視して、「ハキハキと元気」という一つの例だけを安易に真似ているから、的外れになってしまうのです。

では、どうすればいいのか? 例えば、No.1だけを見るのではなく、売上の上位10名のやり方をそれぞれ調べてみて、共通点を抽出する――というアプローチが考えられます。

No.1という一個人の場合と違い、上位集団に共通するやり方であれば、客観的であり本質的です。このように10名の共通点を探ると、全員に共通する特徴は実は「引くことが上手」という点かもしれません。

人は感情を持った生き物。そして、「自分で決めたい生き物」。だから、商談時間の9割はむしろ「聞く」ことに充てていて、押すよりも引くことを意識している。

これであれば、営業成績のよい人の中に「物静かなタイプ」もいる、という矛盾も説明できますし、従来のハキハキした営業パーソンのイメージとはまた違うことから、「新たな気づき」があります。

オフィスで議論するアジアのビジネスパーソン
写真=iStock.com/kazuma seki
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成功例に共通している「見えづらい部分」を見つける

ポイントは「表面上の見えやすい一つの部分」を見るのではなく、すべての成功例に共通している見えづらい部分」を見つけようとすることです。

「成功例の共通点」によって、その背景に隠れていた「新たな気づき」があるからこそ、抽象化できる人の意見には、思わず「ハッ」とさせられます。

このように、抽象化によって洞察を得る例として、ソフトバンクグループの創業者である孫正義さんの例を挙げましょう。孫さんは、「時価総額10兆円を目指す」という目標を決めたときに、社長室の壁に世界の時価総額トップ企業10社のデータを貼り出して、毎月どこが上位に並んでいるかを見ていったと言います。

この話は、“孫正義の参謀”と呼ばれた元ソフトバンク社長室長・嶋聡さんから伺ったのですが、嶋さんが準備したデータを孫さんが分析して共通点を抽出し、それを自社の経営戦略に組み込んだことでソフトバンクは時価総額10兆円を実現した、ということです。

「抽象化思考のできる人ほど『優秀で、仕事のできる人』」ですが、さすがに孫正義さんほどの経営者ともなれば、抽象化思考は当たり前のようにやっておられるということのようです。